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2010年9月14日 (火)

ネパール再会の旅 84 『ウマから内緒のプレゼント』

6月1日(水)晴れ
カトマンドゥ

 9時20分ごろ起きるが、この3~4日寝つきが悪いのが悩みだ。ふとテーブルを見ると、何か置いてあることに気がついた。「何だろう?」、それは、赤紫色の生地に鮮やかなデザインが刺繍されたTシャツと、1通の封筒。封筒を開くと、メッセージとカードが入っていて、送り主はウマだった。帰国が近くなった俺への餞別のプレゼントのようだ。

カードには『きれいな花は、見るためにあるの。だから決して取ってはいけない。夢は実現するためにあるの。だから決してあきらめてはいけない。どうぞ、あなたのネパールの妹を忘れないでね。 他の人たちには、話さないでね。』と書かれていた。

俺は大きく目を見開いて、それをしばらく読んでいた。ただの泊まり客にすぎない俺に、これほどしてくれるなんて思ってもいなかった。
『ネパールにまた一人、妹が出来た!』と大喜びした。

その後、シャワーを浴びて、10時過ぎ、シンガポール・エアラインのオフィスへ行く。すると、明日の予約が取れた。急遽帰国が決まったものの、これで一安心。昨日のパーティーの写真を、同時プリントで注文しておく。今日中には出来上がる。

ゲストハウスに戻り、明日のチェックアウトを告げ、先に精算も済ませておく。空港までのタクシー代(150ルピー)と空港税(700ルピー)を除くと、1150ルピーだけ残った。アンジュにマッサージをしてもらい、写真の現像料を差し引くと、残りは400ルピー弱だな。今日の夕食と、明日の朝食次第か。

午後、アンジュにマッサージをしてもらう。最後ぐらいは、体をリラックスさせてから帰りたい。そして少し昼寝をする。明日は10時、遅くとも10時30分にはここを出なければならない。いつもその時間には来ていないアンジュやウマに、お別れの挨拶をしておく。

「明日はもう会えないだろうから・・・。お世話になりました。本当にいろいろとありがとう」と。すると彼女たちは、
「いいえ、まだ最後じゃないわよ。明日はあなたが帰ってしまうから、あなたがここを出る前に出勤してくるわ。空港までは行けないけれど、ここでお見送りするから」と言ってくれた。

それから、写真を受け取りに行く。すると今日中に焼き増しも出来るようで、あらためて注文しておくことにする。その間に、カトマンドゥの旧市街やダルバール広場、ジョッチェン、タルカリバザールからカンティ・パト、そしてアサンのほうへと、ネパール最後の日を心ゆくまで散歩した。

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ダーバーマルグ付近の交差点。こんなところにも昔ながらの生活を守る人が・・・。

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アサンよりインドラチョークを歩きます。両側にお店が軒を連ねています。

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インドラチョークにあるアカッシュ・バイラブ寺院。

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カンティ・パトからアサンへ。朝晩の人混みは、エネルギッシュです。

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アサン広場のお寺。道行く人々はお祈りしていきます。

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コメント

信仰と暮らしが結びついているんですね。もっとも私たち、何を信じているかがあいまいだから、信仰といわれてもむずかしい。儒教の道徳を無視し親の年金をだまし取り、先祖を敬って墓参りもせず、神道の行事も無視し、となると何を信じたものやら。
それにしてもモテモテですね。その言葉からすると本当の女ごころは妹だったかどうか?でも、そうしておいて別れるほうがいいですね。


hannaさんへ

ネパールの人々にとって、神々への信仰と生活、切っても切れません。それほど密着しています。ヒンズー教も仏教も互いに相容れる国、それがネパールです。
日本=仏教国、と言うのがはばかられるほど、彼らの信仰心に頭が下がります。というか、日本ほど宗教に対する信仰心が薄い国民も珍しいのでは・・・?かく云う私も例外ではありません (^_^;;!
日本でモテない私は、なぜかネパールでは・・・!でもそれは、他の独身日本人旅行者にも言えることです。ネパールの人々には、日本は憧れの国でしたから!

投稿: hanna | 2010年9月14日 (火) 23時13分

当時はデジカメもない時代ですのにこうして今upされているのに感心します。
以前の私のネパール紀行もフィルムのカメラでした。

今はネット用に昔の写真をスキャナでとっておられるのでしょうか。

ネパールの人は日本に憧れがあるみたいですね。
私も連れて行ってと言われ困ったことがあります。
招待してあげる余裕もないし・・・


matsubaraさんへ

(^o^)/ハイ!その通りです。初めはネガから取り込むつもりでしたが、そのネガ自体、膨大な数で・・・w(゚O゚)w!アルバムから取捨選択しながら、スキャナで取り込みました。
次回作の海外旅日記も、やはりフィルムのカメラでしたので、これまた大変です (^_^;;!
ネパールの人々は、日本に対して相当な憧れを持っているように思います。書籍で知ったことですが、日露戦争に勝利した時、ネパールにも「日本という小さな国が、大国ロシアに勝ったらしい」と情報が流れ、ネパールの人々をずいぶん勇気づけたそうです。その後、第二次大戦で敗れたものの、その後の復興と高度成長、近年においての高度な技術
などなど、とにかく彼らにとって日本は『スゴイ国』のようです。
私がネパールで出会った人々のうち3人、来日を果たしています。いずれも日本語を学んでいた人たちで、来日後さらに日本語を習得し、コンピューターなどの専門学校へ通いました。

投稿: matsubara | 2010年9月15日 (水) 08時47分

以前に↑matsubaraさんのコメントと同じような内容をを書き込みましたね。
ホント、記憶力と文才には感服しています。
ブログ友では青龍〇段さんと並び、紀行文の双璧ですよ。

matsubaraさんから「ベトナム旅日記をブログに書けば・・」と
勧められていますが
慕辺未行さんほど記憶力がありませんので、とてもとても書けません(>_<)

海外旅行の中で唯一思い出しながら書いたブルネイの旅があります。(以前にお話しているかも)

“ブルネイの印象”という括りでマイカテゴリに入っていますので
ブルネイにご興味あれば覗いてください。


Saas-Feeの風さんへ

記憶力というより、特に計画性のない1人旅、いつでも暇さえあればメモや日記を書き留めていましたから!それらを基に、帰国後まとめ上げたのが、この旅日記です。文才なんて、とてもあるとは思いませんヨォ (^_^;;!ましてや、青龍さんと比べられては、かないません (^_^)!双璧なんて、青龍さんに失礼ですヨ (^_^;;アセアセ!
青龍さんは、まさしく『紀行文』ですが、私は『奇行文』です(笑)。世に出せるものではありません (ー_ー) 。
ブルネイの旅、興味津々です w(^o^)w!それにベトナムも!時間がなかなかとれなくて、皆様のブログの過去ログに訪問したくても出来ない、それが実情です m(u_u)mゴメンナサイ!でも、この後連休もありますし、秋の夜長に拝見させていただきたいと思います。

投稿: Saas-Feeの風 | 2010年9月15日 (水) 16時04分

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