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2010年9月

2010年9月30日 (木)

母73才、初めての海外へ 初日その3 『ドイツ到着』

Frankfurt(フランクフルト)国際空港は、巨大だ。ヨーロッパのハブ(中核)空港だけある。ここからKöln(ケルン)までは、ルフトハンザ航空ではあるが、列車(ドイツ鉄道と提携。近距離の国内線の場合、鉄道に振り替え;ドイツ版新幹線)で移動。

過去2回は、いずれもこの空港までエルマーが迎えに来てくれたのだが、今回は違う。フランクフルトまでにしても、ケルンまで乗り継ぐにしても、料金は変わらないのと、彼らから『毎日飛んでいるならば、木曜日にケルンまでチケットを手配したら・・・』とアドバイスされていたのだ。

団体旅行のツアーコンダクターらしき日本人男性に「ケルンまでチケットを買っているんですけど、この後どうしたらいいんですか?」と尋ねると、彼は親切に「入国審査をここでして、そして20分ほどかかりますが、鉄道の駅の手前で航空券を見せて、手続きすればいいですよ」と教えてくれた。鉄道駅へ行くまでに空港内を20分も歩いて移動しなければならない。荷物がないから良いのだが・・・。

飛行機内は禁煙だったので、たまたま見つけた喫煙所でやっと一服。これまで2度のヨーロッパ旅行で覚えたとおり、現金引き出し機で60ユーロ(≒¥8015)をクレジットカードで下ろす。鉄道駅手前のルフトハンザ航空のカウンターで、列車へのチェックイン(?)をする。だが、まだ1時間ほどある。

不意に母が「”いやだいやだ”って言っとったのに、とうとう来ちゃったなぁ~!」と、今さらながらぼやいている。私は母に「あのねぇ、ここはもうドイツ。日本じゃないんだから!来た以上はしょうがないの!」と笑う。母も現金1万円をユーロに替える。ミネラルウォーターを買い、タバコを吸ったりトイレへ行ったりして時間をつぶす。

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フランクフルト空港駅にて、我が母です (^_^;; 。

やがて、ケルンへ向かう列車が到着し、乗ったのは良いのだが、この切符というか搭乗券では指定された席が分かりにくい。Seat No. が10K、10Hで、NONSMOKER 71,75って、全く分からない。案の定、違う車両に乗っていて、指定された車両へは途中、連結器で繋がれていたため行くことができず、私はこの失敗をごまかすかのように仕方なし、食堂車でコーヒーを飲みながら母に周りの風景を説明して時間を潰していた。

だがやはり、他にもこのチケットで自分たちのシートが分からなかった日本人旅行者がいた。その方たちも「これじゃ、分からない」と言っていた。自分たちの指定された車両は、WAGEN/COACH 26 と書かれた26号車の71と75の座席だった。次の停車駅、ズィークブルク・ボン駅で自分たちの指定席へ行ったものの、そこからケルンまでは、あとほんの10数分。やがて、ケルンの象徴『ケルン大聖堂』が見えてきた。

フランクフルトから1時間弱、現地時間で夕方6時過ぎ、ケルン駅に到着し、プラットホームから駅構内へと下りる。そして構内を一度出て、駅の真ん前にある『ケルン大聖堂』を母に見せる。「これが、世界遺産のケルン大聖堂だよ」と。そして、預けておいた荷物を受け取るため、ルフトハンザ航空のカウンターを探す。「駅まで迎えに来る」と言っていたエルマーとアンジュラも、たぶんそちらにいると思ったから。しかし、そのカウンターがなかなか見つからない。駅構内を案内しながら、15分ほど経ってやっと見つけた。同じ列車で来た日本人客も数人いた。

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ケルン大聖堂。(2002年に撮影したものです)

荷物はまだ来ていなかったのだが、我々がそこへ着いてすぐに運ばれてきた。手荷物を受け取り、駅構内のコンコースへ出るが、エルマーたちとはまだ合流できない。『おかしいな?もしかして列車が到着したホームで待っているのでは・・・?』と思い、母にそう話し「もし、行き違いで私がいない間に彼らがここへ来たとしても、この荷物を見れば私のものだって分かるだろうから。そうしたら”ジン、ジン”って言えば、それだけで分かってくれるだろうから」と言って、母をルフトハンザ航空の手荷物受取所を出たところに待たせて、私はホームへと走り、そしてホームの端から端まで探し歩くつもりでいた。

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2010年9月29日 (水)

母73才、初めての海外へ 初日その2 『機内にて』

キャビンアテンダントに促され、自分たちのシートへ。母は窓側、私は通路側に座った。フランクフルトまでは約12時間だ。やがて飛行機は離陸し、グングンと高度を上げていく。水平飛行となり、シートベルトを外しても良い状態になると、最初の機内サービス。袋に入ったスナック(アーモンド)と好みのドリンク。そしてその後、昼食が運ばれてくる。

昼食は、巻き寿司とサラダのオードブル、メイン料理は牛丼か鱈と車エビを使った魚料理。自分たちは牛丼を選ぶ。デザートはチョコレートケーキ。ドリンクは、ビールよりもワイン、それもSekt(ゼクト;スパークリングワイン)を選ぶ。このルフトハンザ航空のゼクトが美味しいのは、前回利用した時に聞かされ知っていた。食事はというと「可もなく不可でもないかな?」というのが感想だ。これも、前回の経験で日本発便よりドイツからの便のほうが、食事ははるかに美味しいことを知っている。ただ、ゼクトはうわさ通り美味しかった。母も「おいしいワ!」と、気に入ったようだ。

食後は休憩タイム。機内では、スクリーンに映画を上映している。私は機内オーディオで音楽を楽しむ。数時間経って、間食が運ばれてきた。おにぎりかサンドウィッチだ。母は腹が減っていないせいか、どちらも遠慮したが、私はサンドウィッチとオレンジジュースを頂いた。

そしてさらに時間が過ぎ、2度目の機内食。ドイツ時間では午後1時(日本時間午後8時)ごろだ。昼食同様、肉か魚料理のどちらかを選択できるのだが、魚料理は『鮭粕漬け焼き・・・、』、肉料理は『鶏の照り焼き・・・』。で、母も私も鶏の照り焼きを選ぶ。デザートはフルーツサラダ。しかし、今一つ「おいしい」と言えるものではなかった。

食後は再び音楽を聴いたり映画を見たり、うたた寝をしたりして、やっとフランクフルトへたどり着く。日本時間ではもう22:30だが、こちらではまだ15:30だ。

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2010年9月28日 (火)

母73才、初めての海外へ 初日その1 『出発』

2005年 6月9日(木)くもり(日本)のち晴れ(ドイツ)
自宅7:00(タクシー)8:20中部国際空港10:30(LH737;ルフトハンザ航空737便)15:35{現地時間} Frankfurt Main フランクフルト・マイン国際空港17:09(LH6822・ICE516;ルフトハンザ航空6822便=ICE516号ドイツ新幹線)18:06 Köln Hbf ケルン中央駅18:47(Sバーン11;近郊列車)19:07 Bergisch Gladbach バーギッシュ・グラートバッハ *時差-7時間

 私、dsching (ジン)は、7度目の海外、ドイツは3度目、しかし母にとっては初めての海外旅行が始まる。この日の出発のため予約しておいた『T・エアポートリムジンタクシー』で自宅から中部国際空港(セントレア)へ直行。1人2500円、2人で5000円。運転手は、かつて同僚だったT君。実はあらかじめ彼にこのことを話し、予約時に彼を指名し頼んでおいたのだ。

この日は5:00過ぎに起床し、食事やトイレなどを済ませ、最後にもう一度荷物をチェックし、迎えのタクシーを待つ。7:00ごろ、T君が運転するエアポート・リムジンタクシーがやって来た。彼と挨拶をし、荷物を積み込む。タクシーはさらに中村、長良(名古屋市内)へ予約客を迎えに行き、セントレアへ。客は我々を含めて4人、皆同じ飛行機でドイツへ向かうそうだ。名古屋高速から知多半島道路を走る。予想よりも早く8:20に空港へ到着。荷物を下ろし、T君に「お気をつけて、行ってらっしゃい」と見送られる。

出発ロビーでバウチャー(航空券への引換書)を旅行代理店(HIS)カウンターに提出し、航空券を頂く。そして搭乗手続き。荷物を預け搭乗券を頂く。座席は窓側だ。搭乗手続きの時に「ルフトハンザ航空の”マイレージクラブ”に入りたい」と言い、申込用紙を頂いて空港ロビーで必要事項を記入し、ポストへ投函した。

空港は、以前の名古屋空港に比べると、より国際空港らしく広く大きくなっている。搭乗手続き、セキュリティ(手荷物検査とボディチェック)、出国審査(パスポートチェック)を終え、出国ロビーへ。免税店を見て回る。彼らへのお土産の焼酎と、私自身が吸うためのタバコを買う(¥3100)。何しろヨーロッパはタバコがとても高いから。

ラウンジでコーヒーを飲み、出発ゲート付近で時間まで待ち、私は時々タバコを吸いに喫煙所へ(飛行機内は全席禁煙)。そしてアナウンスが入り、我々は搭乗口へ並ぶ。しかし、並んでいたところはファーストクラスの列だった。「しまった!」と思い、エコノミークラスの列に並ぼうとしたら、係りの人が「いいですよ。お年寄りの方がみえますので、こちらからどうぞ」と言って、優先してくれた。母は「年寄り扱いされたワ!」と苦笑いしながら言っていたが、それはまぁ仕方がないところ。現に70代なんだから!そしていよいよ飛行機に乗り込む。

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2010年9月26日 (日)

♪ 旅 ♪ by 高石ともやさん

昔、流行ったCMソングです。たぶん・・・聴き覚えがあるのでは・・・?この歌に合わせて、ブログ作りました (^_^;;ヘヘッ!

聴いてみてください。一番だけでいいですヨォ (^o^)!

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稚内駅です。

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長崎駅です。稚内から長崎・・・、遠いヨォ~ (^_^)!ネッ!だ・か・ら・・・

♪せまい日本も 旅すりゃ 広いよ・・・
  旅はその日の 風まかせ・・・♪ (続きますヨォ~!↓)

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かつての寝台特急”さくら”号です。

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JRではなく、国鉄時代の切符です。ホントは『九州周遊券』を利用して旅していました。

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ムムッ!?こ・これは・・・高校卒業旅行の帰り、長崎から寝台特急『みずほ』に乗った私です (^_^;;ハズカシスギー!

♪切符は一枚 どこまで行こうか?・・・
  おいらの人生 一つだけ・・・♪(もうチョイ、続きます (^_^;;アセアセ )

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でもって・・・、『ワンカップ大関』です (^o^)/!

♪ワンカップ、ワンカップ・・・
  ワンカップ大関ぃ~!♪

先日、ふと高石ともやさんを思い出し、『街』という歌を YouTube で検索。ついでに見つけたこの歌。そういえば、冷蔵庫に貰いものの『ワンカップ大関』があった (^o^)!(笑)
でもって・・・、ってよく分かりませんが (^_^;; 、変なブログになりました ( ´艸`)プププ

この歌ご存知の方、如何ほどいらっしゃいますかぁ (^_^)?

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2010年9月25日 (土)

『へいわ』の『はと』が『富士』に『こだま』です (^_^;;

 「なんのこっちゃ・・・???」ですよね (^_^;;
でも、『』内を見て、ピンとこられた方もいらっしゃるかも・・・?

先日、居間の片づけをしていたら、小さなポケットアルバムを発見。中を見たら、懐かしい写真が出てきました。その昔『鉄ちゃん』になりかけたころ、鉄道雑誌から買い求めただろうと思われる、モノクロの鉄道写真。私が生まれる以前の写真では?

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『へいわ号』のようです。ディーゼル特急です。どこからどこまで走っていたのだろう・・・?

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『はと号』。どこからどこまで走っていたのか、やはり知りません。(^_^;;

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『富士号』。私の世代ですと、かつて東京~西鹿児島を結んだ寝台特急『富士』を思い出します。

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『こだま号』。つまり、新幹線開通前ですネ!これはきっと、東京~大阪を走っていたのでは?

私自身、これらの列車をリアルタイムで見たことはありません。でも、ブログ仲間の皆様には、懐かしい思い出をお持ちの方もいらっしゃるのでは・・・?えっ、SLのほうが懐かしいですか?

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SLの写真も、もちろんありました。C62が力強く牽引しています。

モノクロの写真ですが、味がありますネ。他にもSLの写真が数枚ありました。カラーの写真もありましたが、SLはモノクロのほうが『絵』になります。乗ってみたかった。

先日、コスモス様、平安人様のコメントで、ご指摘いただいた叡山電鉄の写真も、その中にありました。掲載いたしますネ。これは私が高校生の時、京都を訪れた際に撮影したものに間違いないです。

Img171出町柳-八瀬遊園 とあります。たぶん、出町柳駅で撮影したのでは・・・?

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さらには、こんな写真も。名古屋鉄道のパノラマカーです。1960年代に撮影された写真では?裏には亡き父の字(と思う)で、『新岐阜駅にて』とありました。

いかがでしたか?今から50年ほど前のモノクロ鉄道写真。「懐かしいなぁ」とお喜びいただけたら、嬉しく思います。若い方には、「こういう時代もあったのですね」と知っていただけたら幸いです。
カテゴリー、どこに入れようかナァ (ー_ー)ウーン?モノクロの写真自体、懐かしくて衝撃的でしたので、『衝撃・笑劇・写真館』にします。

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2010年9月23日 (木)

野球とサッカー、W優勝かな?

今日は珍しく、スポーツの話題です。正直言って、スポーツは大好きですが、ブログで書くとなると、それぞれ応援するチームが異なるでしょうし、摩擦を避けるため書くことを控えていました (^_^;; 。

ところが、ここへきて盛り上がっているこの地方。野球ファン、サッカーファンもどちらもこの地域チームが優勝争いのトップにいることで、大いに沸き始めました。

私のブログの読者様の中には、あまり関心がない方、それとも「何をーっ!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、どうかお許しを・・・m(u_u)mオネガイ!

プロ野球は中日ドラゴンズ、サッカーJリーグは名古屋グランパスが、どちらも首位を走っています。Jリーグ発足以来、優勝候補に挙げられながらも未だ優勝経験がないグランパス、そしてここ数年リーグ優勝から遠ざかっているドラゴンズ。どちらも今年は優勝できるチャンスなのです。そう、『アタックチャンス』ならぬ、『ダブルチャ~ンス!』なのですヨォー (^o^)/!

名古屋グランパス8(エイト)は、かつてこのチームで大活躍したスター、『妖精ピクシー』ことストイコビッチ氏を監督に迎え、日本代表選手でもあるGK楢崎選手、FW玉田選手、ワールドカップで大活躍したDF闘莉王(トゥーリオ)選手をはじめ、得点王を争うケネディ選手など多彩な顔ぶれで、ここまで首位を走って来ています。

中日ドラゴンズは、春先から夏場までは今一つの状態で、勝率5割前後をうろうろしていました。新加入の助っ人外国人選手の不調はもとより、絶対的なレギュラーの井端選手の怪我による戦線離脱、これにより2番バッターと6番バッターが固定できず苦戦を強いられてきました。今もその状態は変わらないのですが、投手陣の活躍で失点を出来る限り防ぎ、わずかな得点、僅少差で逃げ切る野球が出来るようになり、夏場から調子を上げてきました。

とくに、投手陣が安定してきたことが大きいです。7月には『5試合連続完封勝利』というプロ野球新記録を作り、45才の大ベテラン・山本昌投手が一軍に上がるやいなや、たちまち5勝を挙げるなど、気がついたらこの位置に上り詰めていました。とくに、セットアッパーと呼ばれる2人のリリーフ投手、高橋・浅尾、そして抑え投手の岩瀬、現役時代3度も三冠王に輝いた落合監督からも「うちはこの3人で勝ってきた」と絶大な信頼をされているほど!

『最後の天王山』と言われる今週の対阪神3連戦、ここで2勝1敗と勝ち越しましたが今日、阪神が勝ったことにより、優勝へのマジックは中日ではなく阪神に点灯。しかしその数字は阪神の残り試合数と同じ10。中日が残り3試合を全部勝った場合、阪神も残り10試合全部勝たなければならないという厳しい戦いです。巨人は、残り8試合全勝しても追い付きません。

9/23の時点で、名古屋グランパスエイトは勝点48。2位の鹿島アントラーズと5点差。Jリーグはまだしばらく先があるので、まだ分かりません。しかし野球は、中日ドラゴンズは78勝60敗、阪神タイガースは72勝59敗、ジャイアンツは74勝61敗、ゲーム差は2.5。残り試合数を考えても、がぜん有利 w(^o^)w!

さぁどうなるか・・・?とても楽しみです。
他チームファンの皆様、怒らないでくださいネェ (^_^;;アセアセ m(u_u)mオネガイ!

*もう1人、野球と言えばこの地方出身の天才バッター、イチロー!10年連続200本安打まで、あと2本に迫りました。こちらも応援しています。

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2010年9月22日 (水)

母73才、初めての海外へ プロローグ

 愚生・私の『慕辺未行 古い旅日記』も、海外旅日記としてはこれが最後の旅です。

2005年6月、当時73才だった母をドイツへと連れて行きました。ドイツへは私自身は3度目でした。母にとっては、その年齢にして初めての海外旅行です。行くからには、それなりにきっかけがありました。今日は、『旅日記』を書く前に、どうしてそうなったのかを、思い出しながら紹介します。

1992年にネパールへ旅した際、エヴェレスト街道をトレッキング中に知り合ったドイツ人のエルマー&アンジュラ夫妻。その時すっかり意気投合し、2週間行動を共にし、お互い励まし合いながら5545mのカラパタールへと登り、世界最高峰・エヴェレストを見ることができました。以来、彼らとは今でも友情が続いています。

彼らから、『一度遊びに来い。いつでも泊めることが出来るから』と言われ続け、初めてドイツを訪れたのが2002年。ネパールで出会ってから、ちょうど10年後でした。その時、浴衣をお土産に持って行きました。そして2004年にも訪れました。ちょうどカーニバルのシーズンで、私も参加させていただいたのですが、実はその時、アンジュラが『浴衣を着て参加する』ことになったのです。以前は、事前に母に帯の締め方を教わっていたから、締めてあげることが出来たのですが、その時はすっかり忘れていて・・・!アンジュラに「dsching(ジン)、お母さんを連れてこないとダメね」と言われたのです。

すると、それを聞いたエルマーの母がエルマーに私の家族のことを聞いたらしく、私が母と2人暮らしと知るやいなや、「dsching 、今あなたがドイツに来ている間、お母さんは1人なんでしょ?それはダメよ!今度来るときは、連れていらっしゃい!歓迎するから!」と言いだしました。するとエルマーもアンジュラも「そうだよ、dsching!ぜひ連れてこいよ」と言うのです。母の年齢を聞かれ、教えると、エルマーのご両親とも大して変わらない。

帰国後、その話を母にしたのですが、母は一向にその気になりません。理由は『言葉が解からない』『食べ物も違うし・・・』等々、まぁ分からないでもないですが・・・。
その後も、時々は『ドイツ、行かんか?』とか『一生に一回ぐらい、海外もいいぞ』などと話してみたのですが、『嫌だわ』の一点張り!

前に、『この本おもしろいよ』と言って母も読んだ『娘と私のアホ旅行;佐藤愛子著』を引き合いに出したり、かつて一世を風靡した『きんさん、ぎんさん』は、100才を越えてから初めて海外(台湾)へ行ったことなど、何かと説得を試みるも何やかやと理由をつける母。

しかし、以前持って行った浴衣の帯の話や、次回行くなら「母がいらなくなった着物があれば持って行きたい」と話し始めたころから、少しずつ気持ちが揺らぎ始めたようです。でも、行くにあたって健康面の心配もある。そこで母に、「(隔週で掛かっている)医者に、ドイツまで10日ほど旅行しても大丈夫か、聞いてみたら?」と話し、母からそれを聞いた医者は、『それじゃ、全身の健康診断やっておこうか!』とあいなったそうです。

その結果『なんの問題なし。ドイツ行き、許可!』という医者のお墨付き?!母も『最初で最後の海外旅行』のつもりで、とうとう行く気になりました。
エルマー&アンジュラとメールで連絡を取り合い、母の気が変わらないうちに、パスポート取得に必要な書類を集め申請をし、取得と同時に旅行会社(HIS)で航空券の手配、さらに会社へ有給休暇の申請など、一気に出発へ向けて準備し始めました。

せっかく行くのですから、母にもガイドブックを見せ、「どこか行きたいところある?」と聞いてみました。しかし、ドイツについて何も知らない母、結局はガイドブックでも大きく取り上げられている『ノイシュヴァンシュタイン城』や『ローテンブルクの街』を無難に選びました。

出発日が決まり、「手土産に持って行く着物をどれにする?」とか、「一度ぐらいは日本食をご馳走しないと・・・」など、色々考えました。着物や甚平、手軽に作れる『ちらし寿司の素』に『日本米』『お味噌』も持参することに。自分たちの荷物は、最小限にする。泊めていただいている間は、洗濯させてもらえば良いし、自分たちだけで旅する時も、少し洗剤を持って行けば、ササッと洗濯できる。

そしていよいよ、母にとって73才にして初めての海外旅行が始まります (^_^)/ 。


ブログ仲間の皆様に、楽しんでいただいたり、共感していただけたりしたら、とても嬉しいです。これまでの旅日記同様、自己満足だらけのブログ記事になるでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします m(u_u)mヨロシュウ!

最後に、ひとつだけ言わせてください。この旅を決して『親孝行』だなんて思わないでください。普通に聞けば、我が近所に住んでいる方々と同じように、『親孝行』と思われるでしょうが、それは『錯覚』です。未だ『独り者』の私だから皆、騙されているのです。勘違いにすぎません。「連れてこいよ」と言われ、また、一緒に行く相手もいない私です。だから!です。もし私が結婚していて、家庭を持ちながらも、連れて行ったのなら『親孝行』と言えるでしょう。『親不孝者』のせめてもの『罪滅ぼし』にすぎません。決して『孝行息子』などと思わないでください。恥ずかしい限りですから!どうか、その辺のところ、よろしくお願いいたします。

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2010年9月20日 (月)

○○○三兄弟?!

数年前、♪○○○三兄弟・・・♪という歌が流行りましたよネェ (^_^)!今日は、動物界の『○○○三兄弟』の写真を紹介します。

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フクロウの仲間、アオバズク (?) のようです。親鳥が餌を持ってくるのを待っているのかナァ?そんな風に見えます。

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こちらは・・・、ジャッカル (?) のようです。三頭揃って『大あくび』(笑)!それとも、吠えているのかな?それにしても、見事な『三位一体』 sign03

この2枚の写真は、ナショナル・ジオグラフィックからではなく、もうお馴染みのドイツのエルマー&アンジュラから、今年の正月にメールとともに送られてきた数々の写真からです。
撮影された方については、良く分からないのですが、あの世界的権威のナショナル・ジオグラフィックも『顔負け』の写真 (?) でしょ?

次回からの『慕辺未行 古い旅日記』は、いよいよ最後の海外旅行です。つまり、逆に言えば、これを書き終えると『ネタ』が無くなるのです (^_^;;アセアセ!
今から5年前の2005年、当時73才の母が初めて海外へ行きました。行き先は、ドイツ。↑の写真を送ってくれたエルマー&アンジュラのところへ、遊びに行きました。我が親子の珍道中、どうぞお楽しみに (^_^)!

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2010年9月19日 (日)

コスモス様、平安人様のブログへのコメントです。(その3)

これで3回目ですが、現在もご都合でコメント欄を閉じられてますコスモス様、平安人様の、京都を多彩に紹介するブログへのコメントを、ここでさせていただきます。
それぞれのタイトルをご覧になって、興味・関心を持たれた方、ぜひ覘いてみてください。

『京都市内に残るラジオ塔を訪ねて(その1)』
「ラジオ塔・・・???名古屋にテレビ塔はありますが・・・?どんなのだろう?」というのが、タイトルを見て思ったことです (^_^;;ヘヘッ!
名古屋のテレビ塔や東京タワーのような、タワーなのかな?と思った私は、ちょっとビックリ!『塔』というより『燈』ですネ (^_^)!昭和初期に全国各地に設置されたのですか?ならば、この地方・地域にあっても不思議はないですネ!でも、聞いたことがありません・・・。テレビが出た頃の『街頭テレビ』のようなものだったのでしょうか?(←これを書き続きを読み進めたら・・・、そう書いてありました(笑))
それにしても平安人様、猛暑の中11km、本当にお疲れさまでした。私の母と同い年とお聞きしていますが、ずっとお元気です!

『京都・伏見街道を伏見稲荷~深草まで歩く』
京都・伏見には若いころ旅先で知り合った旅仲間が住んでいて、泊めていただいたことがあります。1人は深草駅近く(?)、また別の人は丹波橋駅近くだった記憶しています。いずれも、夜遅くに着いて泊めていただいただけなので、その辺りの風景は全く見ていなくて・・・。
そのようなたたずまいの街だったのですネ!宿場町のようです。聖母女学院は、知りませんでした。いかにも『明治』の建物という雰囲気です。愛知県の明治村にある『旧・帝国ホテル』と良く似た感じです。

『9月2日の南禅寺塔頭「天授庵」のお庭』
最初の写真は、鯉も暑そうに見えますネ!あれだけ日が当っていると、たとえ水の中でも暑いかも・・・?でも、まだ残暑きびしかったころですから、コスモス様の『私は鯉になりたい』という気持ち、納得です (^_^)!竹林の笹がとても涼しげですネ!まだハスの花があったのですネ!

『束の間の涼しさに誘われて北嵯峨を歩く』
たしか台風一過の翌日は、こちらも涼しい一日でした (^_^)!が、おっしゃる通り『束の間』でしたネェ!広沢池、名前だけは聞き覚えがあります (^_^;;!あれっ?もしかして猿沢池と勘違いかも・・・(笑)!
でも、池の色がほど良いグリーンですネ!対岸の山里の景色も、古き時代の日本の原風景!って感じです。

『京都市内に残るラジオ塔を訪ねて(その2)』
この地方にもラジオ塔が残っていないか、ネットで検索してみましたが、未だ情報がつかめません。戦時中、空襲にも遭いましたし、残っていないかもしれません。
それにしても、形や大きさ、様々ですネ!拝見して「ヘェーッ!」と感嘆します。八坂神社は何度か訪れたことがあるはずなのに、気が付きませんでした。後ろに貼られた当時の写真、人々の麦わら帽子、カンカン帽が時代を物語っていますネ!
もしかしたら、玉音放送もここから流れ、これらのラジオ塔の周りで多くの人々が膝まずき、涙を流したのでしょうか?

『京都・富小路通を歩く』
最初の写真、私はつい『ツタの絡まるチャペルで・・・』と思い起こしたのですが・・・(^_^) 、コスモス様も同じ感覚の持ち主でしたネェ~(^o^)!読み進めて「やっぱりB型だぁ!」と感じましたヨォ~!
いつもいつも、風情ある京都を紹介して頂いて、すぐにでも行きたい気分になります。ランチに立ち寄られたビルも、明治か大正か?という雰囲気ですネ!
よろしければ、一度京都の街をご一緒させていただきたいと思う気持ちが、ますます強くなってきました (^_^;;ヘヘッ!

『ギャラリー笑栄堂”京町家でキルトとふれあう”』
こういうモノづくりが出来る人、とても羨ましいです。私はどうにも不器用で、子供の頃の図画工作や美術・技術などの科目はいつも・・・(^_^;;アセアセ!
それにしても、タペストリーにしたり、座布団にしたいようなデザインですネェ (^o^)!
「ボロ布として捨てるのもナァ・・・」と思って、夏の汗染みで汚れたネクタイが何本かあるのですが、誰か再利用してくれないかなぁ?!

『京都の秋・音楽祭が始まりました』
フル・オーケストラのクラシックコンサート、1時間半でたったの1000円ですか (・o・)?!スゴイ!安い、安過ぎるぅ~!
地下鉄駅通路に飾られたレリーフも、素敵な作品ばかりですネェ (^o^)!前記事のキルトもそうですが、このような作品を作ることが出来る人、本当に羨ましいです (・_・)イイナァ!
クラシックは滅多に聴かないのですが、100円ショップで買ったクラシックの名曲集のCD、何かのおまけで付いていたテープは、ひと頃ハマりました。目覚まし代わりにしていたころもありました (^_^;;ヘヘッ!

いかがですか?私の拙い感想よりもタイトル、とくに『ラジオ塔』に興味持たれる方もいらっしゃるのでは・・・?一見の価値ありですヨ (^o^)/!

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2010年9月18日 (土)

ネパール再会の旅 88 『帰国』 (最終回)

6月3日(金)晴れ
シンガポール1:50(SQ982)9:00名古屋 *時差1時間

 午前1時、搭乗ゲート105にて搭乗になるのを待つ。客を見ると、ほとんどが当然のごとく、日本人であった。このシーズンのウィークデーに、なぜこんなに旅行者がいるわけ?まさか、俺のようなプー太郎ばかりではあるまいし・・・。

1時50分、いよいよ今回の旅の最終便が離陸する。名古屋まで6時間10分。機内では、たくさんの思い出をくれたネパールの友達、そして海外に住む旅仲間、日本の旅仲間たちに手紙を書いていた。シンガポール航空は、スチュワーデスに頼めば、絵葉書やボールペンのサービスが受けられる。更に、それらの手紙もサービスで出しておいてくれる。
*今はCA(キャビン・アテンダント)と呼ぶのでしょうが、その時はまだスチュワーデスという呼び方が一般的でした。

書き終えた後、ややうたた寝をし気がつくと、もう日本である。九州上空のようだ。開聞岳(鹿児島)が見える。そして紀伊半島から伊勢湾が・・・。とうとう帰って来たんだ。

9時10分、名古屋空港着。空港からタクシーで自宅へと向かう。旅は終わった。

*この『1994ネパール・再会の旅』を書き始めて、およそ半年かかってようやく書き終えました。長きにわたって、だらだらとした文章を拝読してくださいましたブログ仲間の方々、誠にありがとうございました。

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2010年9月17日 (金)

ネパール再会の旅 87 『日本へ』

思えば今回の旅は、再会の連続であり、そして別れはいつも辛い。あまりにもそれが多過ぎた今回の旅。3本のカタと1本のレイ。3度目のネパールで、みんなが別れを惜しみ、幸運を祈ってくれた。ありがとう!さようなら!ネパール!

11時に空港にチェック・イン。シンガポール航空SQ413便。シートは33A、シンガポール~名古屋のSQ982便のシートも34A、両方とも窓側である。しばらく送迎プレイスで時間をつぶし、出国手続きを済ませる。そういえば、パノラマ写真用に持って来ていた『写るんです』をザックに入れたままX-Rayに通してしまった!もしかしたら、全部パァーになってしまったかも・・・?もし、そうなっていたとしても仕方がない。今さらジタバタしても、あとの祭りだ。

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カトマンドゥ・トリブバン国際空港前の様子。

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空港ターミナルビル。

午後1時、搭乗開始。とうとう帰国してしまうのだ。4月10日に入国して以来、54日。数多くの喜び、思い出とともに、俺はやはり俺の母国へ帰らねばならないのだ。俺が日本人である以上・・・。「ダンニャバード!ペリ ベトゥンラ!メロ サーティ ネパール!」

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シンガポール航空機へ搭乗します。

1時30分、SQ413便は、ダッカ(バングラデシュ)、シンガポールへと向かって離陸し始めた。これで本当にお別れである。次、いつ来られるか分からない。でも、いつか必ず、あなたたちの笑顔に会いに来ます。

シンガポールへは、現地時間の夜10時10分に到着した。結局、シンガポールの街へは立ち寄らず、乗り換えのみ。空港に降り立った直後に、大阪へ帰るという子連れのご夫婦に声をかけられた。彼らの搭乗券のうちの1枚に、俺の名前が書かれているではないか!?俺の搭乗券は・・・、間違いなく、俺の名前が書かれている。どうやら、カトマンドゥでのミスらしい。ここから乗る飛行機が違うので、協力して空港のカウンターへ出向いて、間違いを指摘し、彼らのチケットを再発行してもらうよう手続きをとった。

そしてその後、空港内をあちこち見て回るが、日本人が多過ぎて・・・。しかも日本語で買い物をしているその姿にうんざり。ここはまだシンガポールなんだぞ!外国なんだぞ!失礼じゃないか!いくら店員たちが、少々日本語が話せたとしても・・・。俺も、初めこそ何か買おうかと思っていたのだが、日本語で声かけられると、興醒めしてしまう。もちろん店員は親切心からなのだろうが・・・。結局、何も買わずじまい。最後の旅のテイク・オフまで、あと1時間半だ。

シンガポール、チャンギ国際空港にて

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2010年9月16日 (木)

ネパール再会の旅 86 『サヨナラの朝』

6月2日(木)晴れ
カトマンドゥ13:30(SQ413)22:05シンガポール *ネパールとの時差2時間15分

 7時45分起床。浅い眠りしかできなかった。ヤク・レストランへ行って朝食を取る。ネパールでの最後の食事だが、いつものようにトーストとコーヒー、オムレツとする。40ルピーだ。

8時30分過ぎよりシャワー、髭そり、歯磨きと帰国直前のリフレッシュ。髪も乾き、荷物も片付け9時30分、出発準備完了だ。昨日の約束通り、10時前にはウマが、そしてアンジュもやって来た。カメラを取り出し、最後の記念写真を撮り始める。 

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私の見送りのため、いつもより早く来てくれたウマとアンジュ。

いよいよ出発しようかという時、ウマが思いがけないプレゼントを持ってきてくれた。マリーゴールドの花のレイ(首飾り)と小さな花束。驚きを通り越して、ただ胸が熱くなるばかりである。「○○○○!カメラ、カメラ!」とアンジュに促され、もう一度カメラを取り出し、ウマからこのプレゼントを戴くシーンを撮ってもらう。

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ウマから、心のこもった素敵な花のプレゼント。

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最後は3人で一緒に。

涙が出そうなほどの感激!『あなたと暮らしたわずかな時間、通り過ぎれば楽しかったわ・・・(作詞:松山千春)』、思わず口ずさんだこの歌。最後の最後に来て、こんな素敵な思い出をプレゼントしてくれるなんて・・・。だからネパールが、大好きなんだ!「ありがとう!」だけでは伝えきれないほどの感謝!

今度こそ、本当に出発である。すると二人が「タクシーを拾ってきてあげるから、待ってて」と言って、一台のタクシーを停め空港までの料金の交渉までしてくれる。俺の残金がタクシー代と空港税を除くと、ほとんど持っていないことを知ると、ウマは「何かあったらいけないから・・・」と言って、200ルピー手渡してくれた。もちろん「大丈夫だって!」と断ったのだが、それでも彼女は無理にでも渡そうとする。200ルピーと言えば、彼女にとってはかなりのお金だろうと思う。それをいともあっさりと、もう帰るだけの俺に気を使って、手渡すなんて・・・。  俺のことを『お兄さん』と思っていることに、嘘・偽りは全くなかったんだ!本当に、心からそう思ってくれていたんだ!だから心配して・・・。「ありがとう、本当にありがとう!」

タクシーとの交渉がまとまった彼女たちは、俺を呼びに来て、荷物を一つ持ってタクシーまで運んでくれた。そして、いよいよお別れだ。2人と握手をし、「ダンニャバード!デレィ ダンニャバード!ペリ ベトゥンラ!(ありがとう、本当にありがとう!さようなら!)」と別れを告げ、2人に見送られ、俺はマナスル・ゲストハウスを出発した。

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2010年9月15日 (水)

ネパール再会の旅 85 『ラストナイト』

初めてネパールへ来た時から今回を含めて、たくさんの思い出がこの街にはある。今では地図なんて全く要らないほど、この街を自由気ままに歩くことさえできる。3回のネパール来訪で、この街に何日間滞在したのだろうか?トータルすると2~3ヵ月ぐらいになるのではないだろうか?この街の何が俺をここまで惹きつけるのだろう?簡単な答えでは、語りつくせそうもない。

6時に焼き増しの写真を受け取り、ゲストハウスでアンジュに渡す。ほとんどが昨日のアランさんのバースデー・パーティーの写真だから、アンジュに頼んでアランさんをはじめ参加した人々にもプレゼントしておいてくれるよう、託しておく。

6時40分過ぎ、オム・マンダラ・レストランへ。夕食は、肉の味噌炒めとライス、みそ汁にする。何しろもう138ルピーしか残っていないので、それほど贅沢も出来ない。今夜はお酒も飲めない。飲めるほどのお金もない。お土産に少し買って帰ろうと思っていたララ・ヌードル・スープも買えそうにないかナァ。食事を終えお勘定の時、ボーイに「明日、日本へ帰ります」と告げると、ボーイも残念がって「またネパールへ来ることがあったら、ぜひ来てください」と、お別れの握手を求めてきた。

食後、再度名残り惜しむようにブラブラと散歩をすると、ハンディ・クラフト・ショップで人形一体と、甥や姪へのお土産にキーホルダーをキャッシュドルで買い求めると、100ルピーのお釣り。これで最後の夜も、ククリラムが飲める!

ゲストハウスへ戻ると、オーナーが「○○○○!こっちへおいでよ」と呼びとめ、中へ入って行くと、もうお酒の用意ができている。オーナーとアンジュ、サンカール、夜勤番のアカッシュも呼んで、皆でちょっとしたお別れパーティーだ。おつまみはすべて、オーナーの奢りである。そして写真を撮り合い、10時過ぎには眠ることにする。

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オーナーとともに。お世話になりました。

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アカッシュ、サンカールにも、お世話になりました。

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オーナーとアンジュ。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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2010年9月14日 (火)

ネパール再会の旅 84 『ウマから内緒のプレゼント』

6月1日(水)晴れ
カトマンドゥ

 9時20分ごろ起きるが、この3~4日寝つきが悪いのが悩みだ。ふとテーブルを見ると、何か置いてあることに気がついた。「何だろう?」、それは、赤紫色の生地に鮮やかなデザインが刺繍されたTシャツと、1通の封筒。封筒を開くと、メッセージとカードが入っていて、送り主はウマだった。帰国が近くなった俺への餞別のプレゼントのようだ。

カードには『きれいな花は、見るためにあるの。だから決して取ってはいけない。夢は実現するためにあるの。だから決してあきらめてはいけない。どうぞ、あなたのネパールの妹を忘れないでね。 他の人たちには、話さないでね。』と書かれていた。

俺は大きく目を見開いて、それをしばらく読んでいた。ただの泊まり客にすぎない俺に、これほどしてくれるなんて思ってもいなかった。
『ネパールにまた一人、妹が出来た!』と大喜びした。

その後、シャワーを浴びて、10時過ぎ、シンガポール・エアラインのオフィスへ行く。すると、明日の予約が取れた。急遽帰国が決まったものの、これで一安心。昨日のパーティーの写真を、同時プリントで注文しておく。今日中には出来上がる。

ゲストハウスに戻り、明日のチェックアウトを告げ、先に精算も済ませておく。空港までのタクシー代(150ルピー)と空港税(700ルピー)を除くと、1150ルピーだけ残った。アンジュにマッサージをしてもらい、写真の現像料を差し引くと、残りは400ルピー弱だな。今日の夕食と、明日の朝食次第か。

午後、アンジュにマッサージをしてもらう。最後ぐらいは、体をリラックスさせてから帰りたい。そして少し昼寝をする。明日は10時、遅くとも10時30分にはここを出なければならない。いつもその時間には来ていないアンジュやウマに、お別れの挨拶をしておく。

「明日はもう会えないだろうから・・・。お世話になりました。本当にいろいろとありがとう」と。すると彼女たちは、
「いいえ、まだ最後じゃないわよ。明日はあなたが帰ってしまうから、あなたがここを出る前に出勤してくるわ。空港までは行けないけれど、ここでお見送りするから」と言ってくれた。

それから、写真を受け取りに行く。すると今日中に焼き増しも出来るようで、あらためて注文しておくことにする。その間に、カトマンドゥの旧市街やダルバール広場、ジョッチェン、タルカリバザールからカンティ・パト、そしてアサンのほうへと、ネパール最後の日を心ゆくまで散歩した。

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ダーバーマルグ付近の交差点。こんなところにも昔ながらの生活を守る人が・・・。

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アサンよりインドラチョークを歩きます。両側にお店が軒を連ねています。

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インドラチョークにあるアカッシュ・バイラブ寺院。

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カンティ・パトからアサンへ。朝晩の人混みは、エネルギッシュです。

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アサン広場のお寺。道行く人々はお祈りしていきます。

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2010年9月12日 (日)

豹柄?アニマル柄?

はてさて・・・?!
先日、私のブログ500回目の投稿の時に、ナショナル・ジオグラフィックから写真を拝借したのですが・・・(^_^;; 、今回も、愚生者の私はそこからチョイとお写真お借りして・・・、ブログ・・、書きます。・・・旅日記以外、休日はネタがないのです (;_;) 。

豹柄とかアニマル柄と呼ばれるデザインの衣類、よくありますよネ!でも実際のそれらの動物の柄って・・・?実はよく知らないのでは・・・ (^_^;;?たまたまダウンロードした動物の写真、ネコ科の動物三体、よーく見ると微妙に柄が違っていました。とくとご覧くださいませ catface ←ネコ科だけにキャットフェイス!

02_cheetahcloseup

アフリカチーター。丸くて黒い斑点がまんべんなくあります。

03_jaguar

ジャガー。黒い斑点の形が大きかったり、細長かったり・・・。↑のチーターの斑点は、一つ一つすべて独立しているように見えるのに対し、ジャガーは一つで独立している斑点もあれば、いくつか集まって一つの模様を形成しているようにも見えます。

04_snowleopard

ユキヒョウ。これは・・・!明らかに↑のチーターやジャガーとは異なりますネ!首のあたりや前・後脚は斑点模様もありますが、大きい!胴体から尻尾にかけては、斑点模様ではなく、丸印のような模様に見えます。

チーター、ジャガー、豹!似て非なる模様ですネ (^o^)オォーッ!3枚目の写真の豹は、豹の中でも特に『幻』と云われる『雪豹(=Snowleopard)』のようです。寒いところに棲息しているせいか、体格もドッシリとしていますネ (・o・)!ちなみに、ネパール・ヒマラヤの奥深くにもわずかながら棲息しているそうです。

う~ぅ~ん・・・キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ・・・紹介した写真のわりにタイトルが・・・
軽過ぎる・・・\(;゚∇゚)/アセルゼ!ボキャブラリーの貧困さに・・・自己嫌悪・・crying

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2010年9月11日 (土)

コスモス様、平安人様のブログへのコメントです。(その2)

台風一過で涼しくなって、このまま秋に・・・!と期待していましたが、甘かったです (^_^;;!

さて、今日のブログ記事も、先日ご紹介しましたコスモス様、平安人様のブログへのコメントを、まとめて書かせていただきます。お二人とも、先日の記事、お読みいただいたようで、まだ痛みがある指で、コメントを残してくださいました。今回は、お読みいただくだけで充分ですから、無理なさらないでください。

『”西陣”に風情のある暖簾を探して(その1)』
この記事は・・・平安人様が書かれたものでしょうか (^_^)?『出来るだけ歩くようにしています』の言葉が、そう思わせたのですが・・・ワワッ!コスモス様ごめんなさぁい (^_^;;!
京都らしさが感じられますネ!『Guest House』 と書かれているところも、国際都市・京都!
ムムッ?!途中から「これは、コスモス様が書かれたのかな?」と思えてきました。何かそんな雰囲気が・・・(^_^;;!
どの暖簾も、それぞれの特徴を前面に出したアート!と言えますネ (^o^)!

『西国街道を歩く 上牧から郡山宿本陣まで(その1)』
このブログは、平安人様ですネ (^_^)!↑のブログはやっぱり、コスモス様ですネ!
約10km、けっこうな距離ですよ。とくに、今年は暑さが厳しいですから!良く歩かれましたネ。その辺りは、ブログ仲間の青龍○段様がお住まいのところだと思います(たぶん・・・?)。
このような道、私も歩いてみたいです。しかしこの近所に、歴史ある道は・・・、アッ!あるにはありますが、でもかつての面影や風情・・・、残っているかナァ?機会あれば、一度歩いてみようっと!
敵討の話、なんか感動しました。敵を討った助三郎もさることながら、八之丞の書状に認められていた言葉、双方ともに『正義』というものを感じました。このような人間像、憧れます。

『コンサートとランチを愉しみました』
フフフッ ( ̄ー ̄)ニヤリ!これはコスモス様のブログ記事と、分かりましたぞヨ!
広島については、もっともっと世界中に発信しなければいけないですよネ!この地球上で唯一の被爆国である日本、しかしその惨状を知らなさすぎる国が多いのでは?と思うほど、今も核開発・保有に突き進んでいる国があること、本当に残念です。私は、このコンサートの方、存じ上げないのですが、このような方が世界で活躍され、日本国内でも評価されるべきだと思います。
ランチされたレストラン、素敵ですネェ (^o^)!私にはとても・・・(^_^;;!

『西国街道を歩く 上牧から郡山宿本陣まで(その2)』
たかが10kmといっても、その10kmすら歩かない歩こうとしないのが現代の人々です。我が家から10km歩けば、市の中心地を越えます。バスや地下鉄もあり、マイカーばかりで移動する私には、その10kmがとても長い道のりに感じられます。かつてはヒマラヤの麓を数100キロ歩いたのに・・・(;_;)!
継体天皇陵の写真を拝見し、宮内庁治定の『日本武尊』陵によく似ていると思いました。やはりあのように、迂闊に近づくことが出来ないように保存されていました。
この地方にも、旧東海道の街並や古戦場跡があります。私も平安人様を見習って、これらの場所を訪れてみようかな・・・?!

『京都・西陣をゆったりのんびり』
西陣が『我が街』と言えることが、すごく羨ましいです w(゚o゚)w!って、西陣がどの辺りなのか、良く解かっていない私ですが・・・(^_^;;アセアセ!
コスモスさんが歩けば、ネタに当たる!のですネ (^_^)ウンウン!お料理屋さんの中の様子、粋ですヨォ (^o^)!町家の様子も、とぉっても風情がありまぁす w(^o^)w!うーん・・・、これは・・・、次回京都へ行く折には、ぜひともご案内していただかなければ・・・?!

『夏の京都 「宝が池公園」を散策』
宝が池、訪れたことはありませんが、高校生のころ何度も京都へ訪れ、京福電車で下車したような・・・?!曖昧な記憶です (^_^;; 。ただ、あの辺りの名勝、一乗寺や曼殊院、詩仙堂は訪れました。
『思い立ったら、即行動』のB型(笑)、私も同じです (^_^)!私も『考える前に、まず動く』人間ですから (^_^;;ヘヘッ!
筋骨隆々のジョギング男性、イイナァ・・・(・_・)!私なんか、スリム!というより華奢!いかにも『ひ弱そう』ですから、ジョギングしても絵になりません (>_<)!
白鳥さん、カワイイですネ!ずいぶん昔、母が愛犬の散歩中に見つけた”ひよこ”のようなヒナ鳥、このままでは犬や猫の餌食に・・・と思い保護したら、アヒルの子でした。いつまでも家で飼っていては可愛そうなので、成長してから近くで、アヒルがたくさんいる池に放しました。

他の読者様には『チンプンカンプン』かもしれませんが m(u_u)mゴメンナサイ 、今回もあえて、この場を借りて、コスモス様・平安人様のブログへのコメントを書かせていただきました。

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2010年9月 9日 (木)

ネパール再会の旅 83 『なんて気のいい男たち!』

パーティーは、皆すっかり上機嫌で盛り上がり、アランさんも嬉しそうにはしゃいでいる。キッチンに女性陣が揃っているのを見て、こっそり一緒に写真を撮ろうとすると、ラジャー達に見つかって、結局皆で一緒に撮ったり。空手の真似事でふざけてみたり。

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しかし、突然シャッターが下りなくなってしまった。どうやら、バッテリーがなくなったようである。こんな時に限って、予備のバッテリーを持ってくるのを忘れていた。ラジャー達が「電池を買いに行ってくるよ」と言うのだが、「特殊な電池だから、たぶん売っていないと思う」と、その電池を見せながら説明する。しかしそれでも彼らは、「行く」と言う。

時間的に開いている店は、そうないだろうし、まして特殊なサイズの電池だけに・・・。1時間後に戻って来た彼らは、すまなそうに「見つからなかった」と謝っていた。わざわざ探しに行ってくれたのだから、謝ることなんかないのに!本当の気のいい男たちだ。

このパーティーに参加させていただけて、本当に良かった。ものすごく楽しかった。日頃の疲れなんて、完全に忘れていた。初めて会う人たちばかりだったけど、以前からの仲間のように接してくれるし、最高にハッピーである。パーティーは、11時過ぎまでアランさんを中心に皆で楽しくお祝いし、楽しい時を共有した。

11時30分過ぎ、ゲストハウスまで参加していた人に送っていただいた。ゲストハウスの入り口の門はすでに閉まっていたが、夜勤番のアカッシュを大声で呼んで、入り口を開けてもらう。「今日は友達のバースデーパーティーに参加していて、遅くなってしまった。申し訳ない」と言うと、「聞いていましたから、いいですよ」と笑顔で門を開けてくれた。そして部屋に入ると、そのままバタンキューと寝てしまった。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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2010年9月 8日 (水)

ネパール再会の旅 82 『アランさんのバースデーパーティー』

夜になり、パーティーの用意が始まり、7時になると続々とアランさんの友達が集まり出した。10数人ほどは集まっただろうか、まずアランさんの大好物のブラディ・マリーで乾杯。料理は、フィッシュフライ、サラミ、マトン、サラダなど、少しずつ受け皿に取っていただく。俺はアランさんとは、知りあってまだ間もないのだが、パーティーの席はアランさんの正面という上席。アランさんは他の人々に「旅行で来ているのだが、ここへ来るのはもう3回目で、今日もプレゼントを持ってきてくれたんだよ」と、俺を皆に紹介する。アランさんやウタンさんは、俺もブラディ・マリーが好きだということを知っているので、どんどん勧めてくれる。

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本日の主役、アランさん。大好きなブラディ・マリーに上機嫌です。

座がずいぶん賑やかになって来たところで、カメラを出しこの楽しい光景を撮りまくる。俺ばかりが撮っていても、自分の写真が残らないので、アンジュも協力して撮ってくれる。すると今度は「それではいつも、どちらかが写らないから」と、ウタンさんの娘婿も協力してくれた。おかげで、自分自身も含め、まんべんなくパーティーの様子を撮ることが出来た。

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パーティーは、ますます楽しくなっていきます。

集まった人々皆に名前を覚えてもらい、いつの間にか、以前からの知り合いだったように「○○○○(私の本名)!」と気軽に声をかけてくれる。特に若い人たちは人懐こく、自分1人だけ日本人だということを全く感じさせない。その場の雰囲気に何の違和感を感じることもなく、溶け込むことが出来た。

アランさんはすっかり上機嫌である。一体何枚もの写真を撮っているだろうか?参加者全員で撮ったり、ウタンさんの娘婿や、ラジャーという、顔はいかついのだが実は人懐こいインド人とふざけ合ったり・・・。

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おいおい、ビール、ラッパ飲みかヨ (^_^;;!

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私もすっかりご機嫌です。

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2010年9月 7日 (火)

ネパール再会の旅 81 『ネパールの超!美少女』

5月31日(火)晴れのち曇り一時雨
カトマンドゥ

 10時30分ごろ起床。寝つきが悪く、疲れている。まず、これで最後になるであろう両替のために、銀行へ。$120両替しておく。ロードウェイ・カフェにてコーンフレークとコーヒーで朝食とする。そして、ハンディ・クラフトショップへ昨日見つけたものを買いに行く。ゲストハウスに戻り休憩し、シャワー。

2時ごろ、シンガポール・エアラインのオフィスへ。しかし、言われることはいつも同じで「Waiting(空席待ち)」である。いつ帰国できるのか、さっぱり見当もつかない。

アランさんのバースデーパーティーに参加するため、王宮通りでタクシーを探す。いつもはアンジュと一緒に行っていたのだが、今日は俺の都合で別々だ。アンジュは、俺1人で行くことができるか心配していたが・・・。アランさん達の家は、超高級ホテル『ソルティオベロイ』のすぐ近くなので、そこを行き先に何台かのタクシーと交渉してみたが、60ルピーが限界だった。日本人で、しかも行き先がソルティオベロイだから、ふっかけられたのかもしれない。

プレゼントに買っておいたウィスキーを片手に、アランさんの家に到着。するとアランさんもアンジュの姉のウタンさんも、俺1人で来ることが出来たことを、とても喜んでくれた。昼間からでも、何人かのアランさんの友達がお祝いに駆けつけていた。パタンのホテルで仕事をしている人と、彼の姪のラシミさんとは、親しく話をすることが出来た。しかし、この2人、どこから見ても日本人と変わらない顔つき。そう話すと彼は、「ホテルで日本人客から、よく日本語で話しかけられることがありますよ」と笑いながら話していた。

まだ18才というラシミさんは、今はインド・ダージリンで仕事をしていて、今回たまたま休暇中で帰省していたそうだ。彼にとっては自慢の姪っ子のようだ。アランさんへのバースデーカードも、彼女が選んだらしい。とても可愛い女の子で、もし日本人だったとしたら、日本でもかなりもてるんじゃないだろうか?皆でビールを飲みながら乾杯し、楽しく過ごす。が、ラシミさん達はおじさんの都合で、夕方にはおいとましてしまった。

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見た目、言われなければ『皆、日本人』と思いませんか?彼女が抱いている子は、彼女の子ではありません。この家のウタンさんのお孫さんです。

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2010年9月 5日 (日)

コスモス様、平安人様のブログへのコメントです。

こんばんは (*゚▽゚)ノ
今日は、ある事情でコメント欄を閉じ、こちらへの訪問時もコメントを休まれている『コスモス様、平安人様』のここ最近のブログへのコメントをまとめました。昨日の記事に対しては、私の500回目の記事ということで、痛む指でコメントしてくださったようで、本当に有り難く思います。

生粋の京都人のお二人のブログは、地元の方しか知らないような京都の魅力、『雅』・『わびさび』を感じさせてくださいます。観光客や旅行者が滅多に訪れることがないような、そんな魅力にあふれています。

『京都・愛宕古道街道の灯し』
先日いただいたコメントのお返事の中にも、この記事のコメントさせていただきましたが、あらためて拝見させていただき、「スゴイ、素晴らしい!」と再び感動!コスモス様が『苦労した作品』と言うのもうなずけます。
ところで、このお祭りの由来は、どのようなことでしょうか?私は実際見たことはありませんが、ネパールのティハールというお祭りの雰囲気に似ていると感じました。ティハールは、我が家へ神様を導くため、蝋燭で明かりを灯し夜になっても神様が迷わないように、案内しているそうです。
これらの行燈の列も、『地蔵盆』と言うだけあって、お地蔵さまを導く光の列なのでしょうか?『わびさび』がここにも感じられます。
いずれにしても、京都にお住まいの方か、泊まりで行かなければ見られないお祭りですね。

『京都府立植物園を散策しました』
白いムクゲ、すっごくキレイ w(^o^)w!清楚でいかにも京都にふさわしい花!芙蓉の花も同じく、本当に清らかなお花ですネ (^_^)!ムクゲと芙蓉、同じ種類に属する花のようですが、微妙な違いがあるのですネ!芙蓉の花から私が連想するのは、新田次郎氏作の『芙蓉の人』です。明治時代、富士山頂で気象観測された野中至氏と奥様の千代子氏。想像を絶する世界で任務を果たそうとした夫、それを共に支えた妻、素晴らしい実話小説でした。
キバナオランダセンニチ、この花は初めて見ましたし、名前を聞くのも初めてです。ハーブの仲間なのですネ。最後のエコカー、デザインが可愛いですネェ (^_^)!運転してみたい・・・!

『町家の灯 西陣彩る(その1)』
このようなイベントもあるのですか (゚o゚;;オォーッ?写真、とても上手に撮れていますヨォ~(^o^)!写真から風流さ、雰囲気が十分伝わってきます (^_^)!「京都ならでは!」と思わされる光景、楽しませていただきました o(*^▽^*)o 。この光景も、我が目で見てみたい!
コスモスさん『お口別嬪』?いぃ~え、きっと間違いなく『京美人』の別嬪さんでぇ~す lovely 。最後の『東寺の五重塔』、たしかに黄金色に見えますヨ!

『町家の灯 西陣彩る(その2)』
上七軒と大黒町、私にはどちらも素敵過ぎまぁ~す (^o^)/!
ドイツの我がエヴェレストトレッキング仲間に、かつて金閣寺や清水寺などの写真を送ったことがありますが、平安人様&コスモス様のブログの写真、ぜひともダウンロードさせていただいて、彼らに『本当の京都』を紹介したい!と思いました。
悲しいかな、我が近所には石畳もなければ、このような昔からの風情ある建物もありません (;_;) 。

『涼を求めて京都高雄から愛宕街道までを歩く(その1)』
京都って、本当に自然が多いですネェ (゚O゚)!名古屋には、これほどの緑と清流があるところは・・・私の知る限りでは、ありません。緑はあっても、清流がない街です。『京都の夏は暑い』とよく聞きますが、このようなところを散策し、涼をとるのも京都の良さですネ!私は…できれば紅葉の季節に訪れてみたいところです (^_^)/ 。

『涼を求めて京都高雄から愛宕街道までを歩く(その2)』
本当に涼しそうなところですネェ (^o^)!殺人的な(?)猛暑の日々が続く中、避暑地の散歩道ですネ!でも時には、「道は狭く、アップダウンが多いです。道なき道を歩く時もありました。岩の上は滑りそうでした。」とあるように、つい汗をかきそうなところもあるのですネ。我がブログ仲間で、わりと近くにお住まいのはず(?)の青龍○段様にお勧めしたくなりました。
それにしても、真夏日や猛暑日が続く中、よく歩かれましたネ!素晴らしい happy02

『盛夏の京都・正面通りから宮川町を歩く』
京都に『豊国神社』があるとは、意外でした。豊臣秀吉公の出身地である名古屋には、とても有名な『豊国神社』があり、その界隈では毎年初夏に『太閤祭り』が開かれます。
そして『下京区正面通木屋町東入・・・』という住所を見て、かつて個人で運送業を営んでいたころ、ごく稀に京都へも行ったのですが、地図上にはそのような表記がなくて、ずいぶん迷ったことがあります (^_^;; 。
んっ?鴨川と加茂川、違う川でしたっけ (^_^;;?かぐや姫が歌っていた『加茂の流れに』を思い出しました。銭湯と教会は、いかにも現代の建物ですが、最後に浴衣姿の女性が出てくるところが、本当に京都らしさを感じます。我が家近辺では、絶対に見られない姿です。本当に粋ですネェ (^o^)!

『9月5日は母の祥月命日です』
私の母はまだ健在ですが、最近特に急速に『物忘れ』の激しさを感じます。父は16年前に肺癌で亡くなりました。発覚しておよそ半年後、あの世へと逝きました。私は父に対しては、好きでもなければ嫌いでもない・・・、理由は長くて書ききれません。簡単に言えば、父の軽はずみな行為によって大怪我を負って、その怪我が原因で子供の頃 ”いじめ”に遭ったのです。それは今でも尾を引いています。しかしその一方で、私の思うがままに『好き勝手な人生』を歩ませてくれました。

今日のこのブログ、ご本人様方にお読みいただけるかどうか判りませんが、すぐではなくても後日きっとお読みいただけると信じて!だからと言って、コメントは決して無理しないでください。アクセス解析で、お読みいただけたことさえ分かれば充分です。ご自身のお身体、大切になさってください。

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2010年9月 4日 (土)

第500回です。 涼を感じる写真を!

皆様、こんばんはぁ happy01!←いきなり絵文字ですが・・・coldsweats01 アセアセ!
実はぁ・・・あのぅ・・・モジモジ(。_。*)))・・・モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ・・・
「エェイ!ハッキリせんかぁい (#゚Д゚)y-~~イライラ?!このクソ暑いのに!」(←陰の声)と言われそうなので・・・、

パンパカパーン w(゚o゚)w  『shine祝 500回shine wink (*゚▽゚)ノ
のブログ記事でぇす \(^o^)/ヤッタァ!

いやぁ~、よく続いたものです。初めは、手ごたえもありましたが、やがて下火に・・・。それでも『自分自身のために・・・』と書き続け、ここまで来ました。一昨年の10月からこのココログで書き始めましたから、2年弱ですネ (^_^)!
もちろん、書き始めた当初からずっと読み続けてくださっている方もみえます。hanna様、ウンディーネ様がそうです。その後青龍○段様、彼の紹介のbella様、さらにSaas-Feeの風様がブログ仲間になってくださいました。そして今年の春に風様のブログコメントからあま・コスモス様、seibo様、ココログ広場でJunjiro様、きゃぶ様。さらにSaas-Feeの風様のご紹介で、minoji様、matsubara様、コスモス様、平安人様とも親しくお近づきになることができました confidentアリガト!
今年『○回目の年男』の私にとって、大半の方々が私よりも『人生の先輩』方です。今後もよろしくご指導、ご鞭撻お願いいたします。・・・、アレッ、結婚式でよく聞くセリフ・・・?(^_^;; でも、私よりお若い方たちも、どうぞよろしくお願いいたします m(u_u)mタノムヨォ wink

で!?500回目の記念すべき記事は・・・、勝手にアップして良いのか分かりませんが、世界的に有名な自然保護団体というか、あの雑誌のホームページに掲載されていた写真をお借りします。←いいのかなぁ・・・(^_^;; クレーム来たら・・・どうしよう (;_;)?

 今日ご紹介する写真、あの『ナショナル・ジオグラフィック』の ”公式日本語サイト”のページからダウンロードした写真です。

「カテゴリーをどれにしようか・・・?」と悩んだ結果、決して『衝撃』でも『笑劇』でもありませんが、しかし貴重な写真ばかり!(ある意味、衝撃?!)なので、『衝撃!笑劇!写真館』に入れました。

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アオウミガメ

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アカウミガメ

9月とはいえ、最高気温38℃まで上がった今日、海の中でくつろいだり、泳いだりするウミガメの写真で、少しは涼しさをお届けします。

今、全国各地でウミガメの保護活動に力を入れていますネ!ある浜辺では、産卵のためにやって来るウミガメのために、それまで邪魔になっていたテトラポットを撤去したところもあるそうです。

このような姿が永遠に見られる環境を作り、守らなければなりませんネ!
ガンバレ!ウミガメ!

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2010年9月 2日 (木)

ネパール再会の旅 80 『エッ?!今日じゃないの?』

5月30日(月)晴れのち曇り夜一時雨
カトマンドゥ

 よく眠れぬまま、10時ごろ起床。とりあえずシャワーを浴び、体を目覚めさせる。11時ごろ、ウマが部屋を訪ねて来て、何かと思えばプラムを差し入れてくれた。きっと、おやつにでもと買って来たのであろう。とてもおいしい。

11時30分過ぎに外出する。クリシュナ・モモ・レストランでトゥクパとモモでブランチ(22ルピー)とする。そしてニューロードのスーパーマーケットへ。パブラムの子供のバースデープレゼントを探しに行く。2才の子供にはまだ早いかもしれないが、文房具のセットにした。そして残るお土産のスティックのお香と、ネパールの切手セットなどを買う。
ハンディクラフト・ショップでは、ネパールのブライダル人形と、山岳地域に住む人々の民家を模造した民芸品が気にいって、値段をチェック。両方で1650ルピーもするが、ネパールの風俗・文化を現わすものだし、お土産にぜひ欲しいものだし、新たに両替してでも買って帰ろう。

夜7時、バースデーパーティーの開かれるレストランへ、アンジュと一緒に出かけたのだが、パーティーは明日だという。アンジュと2人して唖然としたが、パブラムに電話をして確認して見ると、やはり明日であった。どこでどう聞き違えたのか・・・?俺もアンジュも、今日だと聞いていたのに・・・。プレゼントまで用意してきたのに仕方なし、しかしそれ以上に困ったのは、明日はアランさんのバースデーパーティーなのだ。アンジュはもちろん、俺も参加させていただくつもりだ。掛け持ち出来るならば、両方駆けつけたいのだが・・・。

小雨降る中、タメルのほうへと戻り、ラッキー・チベッタン・レストランにてポークカツレツにチキン・ヌードルスープ(61ルピー)にする。8時30分ごろゲストハウスへ戻り、ククリラムを飲み、10時30分ごろ眠る。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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2010年9月 1日 (水)

ネパール再会の旅 79 『帰国はいつになるのか?』

5月29日(日)晴れ夕方一時雨
カトマンドゥ

 8時30分ごろ、ゴビンダからの電話。『いつ帰りますか?』とのことだが、まだ何とも言えない。木曜日のフライトとなると、もう日がない。再び横になり、10時過ぎ、ブラブラとシンガポール・エアラインのオフィスへ。予約OKは取れず、火曜日の午後、もう一度来なさい、とのことだ。

イミグレーション・オフィスで、予約が取れた場合のことを考えて、ビザを6月2日までの3日間のみ延長。木曜日にフライトできなければ、もう3日延長しなければいけないが・・・。1日につき$2だからなぁ、これ以上の延長も少々辛い。

一度ゲストハウスに戻り、1時過ぎ、パブラムの子供のバースデープレゼントを探しに行くが、何がいいのか見当がつかない。おもちゃは高そうだし、衣類ってのも今一つだし・・・。結局この日は何も買わなかった。イミグレーション・オフィスでビザを受け取り、キャビネサイズの写真も受け取り、オーダーしておいたTシャツも出来あがった。

3時過ぎより、ややうたた寝。夕方、激しい雷雨となったが、30分ほどで止んだ。しかし雷鳴は続く。

夕食は、シェンツェン・レストランで麻婆豆腐とライスにする。久々に麻婆豆腐が食べたくなったから・・・。75ルピーだが、高いと言えば高いのかナァ?ライスとジャスミンティーを合わせると107ルピー。でも、美味しいのだからいいじゃないか!帰り際に「グッドナイト」と言って見送ってくれたことが、すごく気持ち良かった。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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