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2010年8月12日 (木)

ネパール再会の旅 69 『日英ネ言語学校で』

5月19日(木)晴れのち曇り一時雨
カトマンドゥ

 9時、起床と同時にゴビンダがやって来た。今日の夕方、彼の学校である『日英ネ言語学校』へと誘われた。また、彼の学校で発行している冊子に、ネパールの旅のことを書いてほしいと、原稿を依頼された。

10時にシャワーを浴び、11時にこの日帰国する牧原さんと降矢さんをゲストハウスで見送る。「お世話になりました」「いえ、こちらこそありがとうございました」と挨拶を交わす。やがて迎えの車に乗り込む2人、そしてオーナーとサンカールも空港まで見送りに行くようだ。すると、サンカールが俺の手を取り「一緒に行こうぜ」とオーナーとともに半ば強引に誘われ、とうとう空港まで道連れにされた。空港であらためて、笑いながら2人に別れのあいさつ。牧原さんは「この秋、名古屋でもコンサートを行なうから、その時にできればお会いしましょう」と約束した。
*その年の秋、本当にご連絡を頂き、牧原さんが参加する琴のコンサートに招待して頂きました。初めて見た琴のコンサート、それまでの琴に対するイメージをガラリと変えるほど、印象的な演奏でした。

1時前にゲストハウスに戻り、ヤク・レストランで昼食にトゥクパを食べる。再びゲストハウスにて少し休憩し、4時過ぎ、ゴビンダが迎えに来て彼の学校へと向かう。まず高柳さん(今回の旅でカトマンドゥ到着時、知り合った人)が英語を学んでいる『日英ネ言語学校』へ。そして日本語学校へ。生徒さんや、教える立場にある先生も、自分たちの語学力の実践になるのか、気軽に日本語で話しかけてくる。ほとんど日本語で会話が進む中、逆にネパールの文字を教えてもらったり、教育論が飛び交ったり。

この国でも、政府公立の学校では、英語教育は日本と同じように会話ができない、と言う。つまり、実践的な教育ではないのだ。私立の学校では、すべての授業が英語で行われるそうだ。また、英語ができないと、仕事もないそうで、だからみな一生懸命、英語を勉強するそうだ。したがって、当然『生きた英語』が身につくわけだ。俺もネパール語を学び、日本語の教え方を学び、日本語学校の先生になって、この国で過ごせたら・・・と思う。

8時30分、ゲストハウスへ戻る途中、2年前にゴビンダとともにインド・ダージリンへ3人で旅した時の友達・アヌと偶然会った。元気そうだった。

Img378
ゴビンダの親友のアヌ君。彼とも偶然再会することができました。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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コメント

そのうち日本もバイリンガルどころかトライリンガルくらいになっていないとビジネス出来なくなるかもしれませんね。なんせ、ユニクロやソフトバンクは会社内公用語が英語ですものね。大変なことです。慕辺未行さんも何カ国語か出来るからいいですね。いざというときに。


hannaさんへ

そう言えば先日、楽天の社長が記者会見をすべて英語で応対していました。日本もこういう時代になりつつあるのでしょうか?ネパールと日本を比べるのは酷ですが、だからこそ英語の必要性を強く感じていたのかもしれません。母国語であるネパール語、英語は当然、さらに第三の言葉として日本語などを学んでいるのでしょう。実際に私が出会ったネパールの友達で、ネパールで日本語を学び、その後日本へ留学しさらに日本語を習得し、日本のコンピューター専門学校へ入学した人が2人います。
私は、日本語オンリーの小さい人間です (^_^;;ハズイ!英語はもちろん、ネパール語もドイツ語も、片言レベル以下です(笑)。
アッ!hannaさん、今さら『慕辺未行』だなんて・・・!いつも通り、dsching でイイですヨ (^_^)!

投稿: hanna | 2010年8月12日 (木) 23時39分

ネパールの知人は二人います。
一人は国で初めての女性教授である
シャラダさんです。彼女も日本語がうまいので
ますますネパール語から遠ざかってしまいます。
昨年も日本に来られましたが日本語だけでは
悪いと思い、メールでは英語にしました。
そうすると返信も英語です。
彼女はトライリンガルですね。

日英ネ言語学校が日本にあるといいですね。


matsubaraさんへ

以前は何人かいましたが、今はもう皆、音信不通になってしまいました。それがとても残念です。もう16年も訪れていませんし、仕方がありませんネ!
ネパールも、女性の社会進出が増えてきたと聞きます。かつては、女性が男性並みに社会で働くと、奇妙に映ったそうですが、時代の流れとともに変化していったのでしょうネ。
そのシャラダさんという方、初の女性教授だそうですが、その道のパイオニアとして、これからもどんどん活躍してほしいですね。

投稿: matsubara | 2010年8月13日 (金) 09時02分

>日本語の教え方を学び、日本語学校の先生になって

う~ん、当時としては実施したいけどふんぎりが付かなかったのですかね~
束縛される者がなければ、そういう生き方も良いと思うのです。
ああぁ~自由がほしい(笑)

写真がのどかさを表していますね~国内じゃなかなか見ることが出来ない。


青龍○段さんへ

当時は、『日本人だから、ここで日本語教師になる』などとは考えていなかったのです。教師として立つ以上、ちゃんとした教え方、日本語についての正しい知識も必要でしょうから。お遊びで教える分にはまだしても、お金を頂いて教える以上は、『プロ』でなければなりませんから。
で、帰国後、通信教育で勉強し、初級レベルの日本語教育を学び、認定証は頂きました。そして、アプローチしたのですヨ!が、その直後、父が倒れ、癌だと分かり・・・。その話はご破算にせざるを得なくなりました。

投稿: 青龍○段 | 2010年8月13日 (金) 10時01分

 おはようございます~♪
やっとネパールに到着しました(^_-)-☆
 私も数年間、英語を習っていますが
そして京都は外国の観光客(アジア系の方が多いですが)が来られます。
歩いていて「キャン ユー スピーク イングリッシュ?」
と聞かれます。
「アイ キャン スピーク イングリッシュ ア リットル」
で身振り手ぶりで何とか場所の説明は出来ます。
汗をいっぱいかきながら・・・
後から説明の仕方に反省したり・・・
の繰り返しです。
これも訓練でしょうか。
 慕辺未行さんは色々な言葉を話す事が出来て
世界が広いですね
 最近日本語をキチンと話せない若者を見かけますが
まず、母国語ですね。
そのうえで他国語を話せたら最高ですねgood
これは自分自身に言い聞かせています(泣く)


コスモスさんへ

平日は、ブログのネタがあまりないので、過去の旅日記を書き綴っている次第です (^_^;; 。ネパールの旅日記、しばらくはダラダラした展開になりますが、ご勘弁を!
皆、多かれ少なかれ、英語は学んでいますから、あとは度胸だけだと思うことがあります。聞きもせず、話しもせず、最初から諦めて逃げようとする日本人、何人も見ました。私だって、自慢できるほどの語学力はありません。それこそ、ひどいものです。文法なんて、無視!ムチャクチャです。よくあれで通じたものだと、今思えば不思議です。
そうですネェ、まずは母国語、そして外国語ですよね。両親のうち、どちらかが外国の方でしたら、英語よりその国の言葉を優先すべきかナァ!と思います。

投稿: コスモス | 2010年8月18日 (水) 08時33分

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