« ネパール再会の旅 65 『ヤンジーがいないブプサで』 | トップページ | その後の『おしろい花』 »

2010年8月 7日 (土)

ネパール再会の旅 66 『さよなら・・・ブプサ』

5月16日(月)晴れのち曇り
ブプサ7:50(徒歩)10:45ポイヤン11:30(徒歩)14:00シュルケイ14:25(徒歩)16:10ルクラ

 6時半起床。出発の朝が来た。この日も聖峰クワンデが、頭だけのぞかせている。オートポリジで朝食とし、7時15分、出発の用意も整った。が、母親のドマが「もう少しゆっくりしていきなさい。ソチャでも飲んで、8時ごろ出発したら」というので、お言葉に甘えソチャをご馳走になる。まぁ、この日のうちにルクラまで行ければ行く、行けなければシュルケイで泊まってもいいか、ぐらいの気持ちでいるから、ゆっくりとした。

もう何杯ソチャを頂いただろうか、でも本当に美味しい。気がつくと、他のトレッカーたちは皆、出発して行った。俺は、このロッジの寄せ書き帳に、日本からのトレッカーと、この家族の人々にメッセージを残し、3日間の精算をしようとした。(*トレッキング中のロッジでは、ロッジにあるノートに各自、食べた物などを記入する自己申告制になっています)
およそ900ルピーにもなるのだが、ドマは、

「パルダイナ(いらないわ)」と言う。
「えっ、キナ(どうして)?」
「タパイィ デレィ ラムロー サーティー(あなたはとても良い友達だから)」
「タラ マ デレィ カヨ(でも私はたくさん食べたし)」

それでも、母のドマも父・プーリーも、ほんのわずかさえも受け取ろうとしなかった。その代わり、写真はずいぶんたくさん撮っているけれど。プーリーも「ずいぶんフィルムを使わせてしまったね」と、気にしていたが、「問題ないですよ」と笑って答える。そして彼は妻に何かを告げると、末っ子のダワに真新しいウールのセーターを着せて、「もう1枚だけ撮ってもらえないか」と頼んだ。「もちろん、OK!ですよ」と答えると、ダワはエンターティナーぶりを発揮した昨夜と違って、おしゃまな顔をしていた。

Img192
真新しいセーターを着せてもらって、おしゃまにしているダワ。カメラを持っていなかった彼らにとって、幼い頃の貴重な1枚になっただろうか・・・?

Img193
もちろん、親子の写真も撮らせていただきました。この3日間、本当にお世話になり、忘れ難いたくさんの思い出ができました。

そして別れ際、ご両親からもカタを頂いた。それだけでも、彼らの気持ちが充分過ぎるほど伝わってくる。とにかく「デレィ クッシー(すごく嬉しい)!」。嬉しくて、嬉しくて、出発するのがとても辛くて。「ダンニャバード!ペリ ベトゥラ!(ありがとう!また会いましょう!)」を何度も繰り返した。ダワは「バイバーイ!」と、いつまでも見送ってくれた。

名残り惜しいが、7時50分、ブプサをスタート。「ありがとう、ヤンジー。ありがとう、イエロートップの皆さん。さようなら。いつまでも覚えていてください、俺のことを。いつまでも・・・」

緩やかな登り坂をゆっくりと歩き、カーレを過ぎ9時15分、カリ・ラ(峠)までやって来た。ここを越えると、もうブプサもカリコーラも視界から見えなくなる。俺は、その峠でじっと静かにたたずんだ。もちろん首には2本のカタが巻かれている。何十分そこにいただろうか?これ以上ここにいたら、今歩いて来た道を戻りかねない。「本当にありがとう。さようなら!」ちょっぴり涙ぐんで、ようやくそこを立ち去る決心がついた。「ルクラへ向かいます。ブプサよ、カリコーラよ、またいつの日か・・・」。

Img195

カリ・ラからブプサを望む。

陽が雲に陰り涼しい。汗もほとんどかくことなく、ゆっくりと歩きポイヤンへ10時45分着。ティータイムとする。シュルケイまでは、およそ2時間らしい。ルクラまで行けるだろうか?ついでなので、ここでランチタイムをとる。ヌードルスープを食べ、11時30分にスタートし、シュルケイには2時ちょうど。しかし、好いロッジが見つからず、2時25分スタートし、ルクラへのきつい登り道を、ただひたすら汗にまみれながら登っていく。

ルクラへ着くころ、冷たい雨が降り出した。カトマンドゥへの空の玄関口、つまり、山との別れ。戻ろうと思えば、まだ戻ることができる最後の村。帰らねばならない、帰ることを決意した俺の涙雨なのか。

4時過ぎ、ルクラでのロッジは、クンブー・ロッジ。ロッジのボーイに明朝のエア・チケットの予約・手配を頼む。すぐに走って行ってくれた彼のおかげで、8時40分発のネパール・エアウェイの予約が取れた。

夕食は、ヤク・ステーキとポテトチップス、ムスタンコーヒー。ヤク・ステーキは、ハンバーグ大の大きさだ。ポテトチップスは、ステーキに添えられているものなのだが、それでも量は多い。久々に食べるヤク・ステーキは、とても美味しい。今日は疲れているので、もう休むことにする。素敵な思い出と共に・・・。
*ヤク・・・標高3000m以上の高地に住む牛の一種。長い毛で覆われた体は寒さに強く、荷物もたくさん運ぶことができるので、『ヒマラヤのトラック』とも云われています。

ルクラ、クンブー・ロッジにて

|

« ネパール再会の旅 65 『ヤンジーがいないブプサで』 | トップページ | その後の『おしろい花』 »

コメント

ボーダ¥のセーターが似合って本当に可愛いこと。いい思い出の1枚ができましたね。
仲よくなれていい思い出が一杯できましたね。素敵な出会いでしたね。


hannaさんへ

この2年前、カリコーラのロッジで初めてヤンジーと出会ったとき、このような日々を送ることができるとは、思いもしていなかったです。それこそ『一期一会』だと思っていましたから!でも、幸か不幸か、私のその頃の実情が私をネパールへと向かわせ、このような素敵な思い出ができました。
その頃の同世代(30代)の人々からすれば、『とんでもない』旅だったと思います。だからって、後悔など全くないです。人間、十人十色!私のような人間は、当時の日本社会からはみ出していましたが、国際社会の中ではほんの微力ながらも、『役立てた』と思っています。

投稿: hanna | 2010年8月 7日 (土) 23時39分

ダワちゃん本当にかわいいですね。

それにしても難しいネパール語をどうやってマスターされたか
知りたいです。日本には教材も少ないのに・・・
あの文字にまずお手上げです。
意味を女性教授に教わりましたがとてもとても・・・


matsubaraさんへ

きっと、一張羅のセーターだったのでしょうネ!可愛くおしゃまにしていました。子供って、新しい服を着て写真を撮る時、みんな『いい子』にして写るのは、どの国も同じですネ。
ネパール語は、ほとんど現地で覚えました。現地の本屋さんで日本語とネパール語のフレーズブックなども売っていましたから、それらで勉強し、ゲストハウスのスタッフ相手に実践して使ってみたり、日本語を学んでいる人に教えてもらったり・・・。生きたネパール語、使えるネパール語をその場で使いながら覚えました。そのせいか、今もなお覚えている言葉、多いです。ただ、文字はかなり忘れています。かろうじて、自分の名前と『ナマステ』だけは書けるかな (^_^;;?

投稿: matsubara | 2010年8月 8日 (日) 07時33分

こんにちは~♪
 ↓のコメント嬉しく拝見しました。
飲茶は2100円だったのですよ。
そして京都は狭く深くを心に刻んで下さいねhappy01
今は季節もの?が多いですが、
多分、慕辺未行さんが納得して下さる
記事をご紹介しますのでねgood
 皆さんに愛されて、好かれておられた慕辺未行さんを拝見しました。
皆さんの優しさはきっと慕辺未行さんの優しさなのでしょうね
ソチャは美味しいソチャなのですねconfident
今日のダワ君は、ハンサムですね
親子の写真を撮ってあげられて
本当に好かったhappy01
 慕辺未行さんも好い思い出をいっぱい詰めて・・
最後のほうで涙が出てきました。
B型は感激やさんなのですねconfident


コスモスさんへ

エッ!?あの飲茶、2100円だったのですか?や・安い!あれなら小市民の私も、ちょっとしたプチ贅沢出来そう (^_^;;!
彼らとしては、『はるばる日本から再び会いに来てくれた』という思いが強かったのだと思います。3泊分の料金を一切受け取らなかったのは、私を『お客』ではなく『家族』や『親戚』のような感覚を持ってくれたのでは?と思います。
ソチャは、塩とバターが入ったお茶なのですが、慣れるととても美味しいものです。私と似た年頃の両親も、『娘の友達』というより『自分たちにとっても友達』という感じで、別れを惜しんでくれました。ほんのわずかの滞在でしたが、たくさんの思い出を詰め込んで、帰りました。

今日のブログも拝見させていただきましたヨー (^_^)!12kmのウォーキング、お疲れ様でしたぁ!って、コスモスさんも行かれたのでしょうか?今日はきっと、平安人様が書かれたもののような・・・?アッ、平安人様に、よろしくお伝えください。
西京極球場、確かありましたネー!何となく、その名は覚えています。このような行事に参加するのも、京都をより深く知ることにつながるのですネ!

投稿: コスモス | 2010年8月 8日 (日) 12時40分

こんにちは~
やっと未読分まとめて読むことが出来ました。
ちょいと遡って6月から読みました。
ヤンジーはこのとき可愛かったから今ではすっかり別嬪さんになっていることでしょうね~
う~ん、彼女も今や27歳ですかね?そのまま住んでも良かったのでは!?なんて思ったりもしませんでしたか?


青龍○段さんへ

このところ、公私共にお忙しかったでしょうネ!まとめてお読みいただき、ありがとうございます。でも、そういう時に掲載順が古いものからだと、下へ下へとスクロールするだけですから、便利でしょ?!って、手前味噌ですが(笑)!
ヤンジーはもう30ぐらいじゃないかな?結婚していてもおかしくないですし、していると思います。10年ほど前だったか、大人になったヤンジーの写真を送ってくれたことがあります。Tシャツにパンツルック、ネパール女性にしては珍しい服装をしていました。もちろん、きれいになっていましたヨー (^o^)!

投稿: 青龍○段 | 2010年8月 9日 (月) 10時58分

書き忘れていました
 几帳面なB型ですconfident
西京極球場は少し有名ですね。
高校球児達が京都予選で汗を流しています。
確かに郊外も歩いて巡ると
思いもかけなかった場面に出会う事が有ります。
 やはり歩け歩けですねhappy01
お返事は不要ですgood


コスモスさんへ

『お返事は不要です』とありますが・・・、「嫌じゃ、イヤじゃ!頂いたコメントをスルーするなんて、そんなこと、できませぇ~ん!」← 私もやはりB型人間、几帳面です (^_^;;アセ!
西京極球場は、以前はプロ野球も開催されていましたよネ。とくに、甲子園が高校球児に乗っ取られる(?)この時期は!車でピューッと走りながら見る風景と、歩きながら見る風景は、同じところでも全然違う姿を見せてくれると思います。道端の雑草、そのそばに咲く小さな花・・・、歩くからこそ気がつく、目に留まるものですよネ (^_^)!私ももっと、歩いてみまぁす。

投稿: コスモス | 2010年8月 9日 (月) 11時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ネパール再会の旅 65 『ヤンジーがいないブプサで』 | トップページ | その後の『おしろい花』 »