« ネパール再会の旅 64 『ヤンジー達の学校へ』 | トップページ | ネパール再会の旅 66 『さよなら・・・ブプサ』 »

2010年8月 5日 (木)

ネパール再会の旅 65 『ヤンジーがいないブプサで』

カリコーラの村では、プーリーの旧知の知人宅で、チャイやコーヒー、ホットレモンなど、ご馳走になった。プーリーも自慢げに、俺を村人に紹介する。その中に1人、見覚えのある顔がいた。2年前、一緒にトレッキングしていたドイツ人のエルマー&アンジュラが、ここカリコーラからナムチェまで雇ったポーターである。彼は俺のことを覚えていなかったのか、気付かなかったのか、すぐにどこかへ行ってしまい、話をすることはできなかった。

2時前にカリコーラを出て、ブプサへと戻る。急な坂道を汗だくで登る。プーリーは俺に気を遣い、所々休憩しながら、お互いに「ビスタリ ビスタリ ジャンツァ(ゆっくりゆっくり行こう)」と声かけ合う。約1時間後の2時半過ぎ、ようやくブプサへたどり着いた。これでは子供たちがカリコーラで下宿するのも、無理のないことだ。

とりあえず、ロッジでララ・ヌードルスープをいただき、ミントティーを飲み休憩。そしてシャワーを浴びる。

Img189

シャワーを浴び、着替えた直後、ベッドルームで。ヤンジーから頂いたカタも一緒に。

夕方、なんとなく気が抜けて、ボーっとカリコーラの村を眺めていた。次、いつ会えるか分からないヤンジー、彼女がいるカリコーラをいつまでも眺めていた。

夕食は、いつも通りポテトチップスとムスタンコーヒー。「もう1杯、いかがですか」と勧める母親のドマ。そのうちに、この夜もカンチャ(末っ子)のダワが、歌って踊ってみせる。なかなかのエンターティナーぶりである。この夜、俺はブプサ最後の晩とあって、勧められるままムスタンコーヒーを4杯、10時過ぎまで電気のないオイルランタンの灯りの下で、いつまでも夜更かししていた。

Img191
私が持っていたヘッドランプを、面白がって頭に着けながら踊るダワ。

ブプサ、ホテル・イエロートップにて

|

« ネパール再会の旅 64 『ヤンジー達の学校へ』 | トップページ | ネパール再会の旅 66 『さよなら・・・ブプサ』 »

コメント

可愛いエンターテイナーですね。うちのチビみたいです。彼もそのうち家を離れて勉強ですね。大変ですね。今のうちにいっぱい甘えておかなくてはね。


hannaさんへ

彼は当時、まだ4~5才だったと思います。だから hanna さん家のチビちゃんたちと同じ年頃ですネ (^_^)!母親のドマがこの子の世話をしなければいけなかったので、代わりにヤンジーがロッジの仕事を手伝って、助けていたようです。私がその後、知る限りでは、この子がロッジを受け継いでいるのでは?と思っています。

投稿: hanna | 2010年8月 5日 (木) 23時33分

ネパールのお茶はミルクティでしたね。
これをチャイと呼ぶのでしたか。

トルコでもお茶のことをチャイと言いますね。
中身は違いますが・・・


matsubaraさんへ

(^o^)/ハイ、あの甘~いミルクティーをチャイと言います。インドでもチャイだったか、もしかしたらネパールでは、私はチャイと言っていましたが、チャーと発音していたかも・・・?
ヨーロッパからアジアにかけて、紅茶やお茶のことは、よく似た発音の言葉だそうですね。

投稿: matsubara | 2010年8月 6日 (金) 09時07分

ナマステ!いい旅されてますね。ダワ君屈託なくいい顔です。子供は天使ですね。拝読しているともう一度出かけたくなりま~す。


minojiさんへ

この村を訪れた目的はただ一つ、ヤンジーに会うためだけでしたが、ご家族の方々とのふれあい、交流が本当に楽しかったです。ダワは、2人のお姉ちゃん・お兄ちゃんと年がやや離れていましたが、ロッジではトレッカーの心を癒す存在だったかもしれません。前の晩も一生懸命踊っていましたし、この晩も!なかなか見られないものを、見せていただきました。

投稿: minoji | 2010年8月 6日 (金) 13時58分

こんばんは~♪
 優しい方々に囲まれて、仄々としたええ旅をされましたね。
素朴で優しいダウ君の表情が素敵です。
屈託の無い顔は大人になると出来ませんねweep
 私は日本より出た事が無くて、また、出たく思った事も有りませんが、慕辺未行さんの旅寄稿を拝見するようになって
少し、見直しています。


コスモスさんへ

この時の2年前に、たった一晩だけ滞在したロッジの方たちでしたが、娘のヤンジーに写真を送った後も、しばしば文通をしていました。ご家族の方にとって、私のこの訪問は「まさか?!」というほどの出来事でしょうし、本当に良くしてくださいました。
ダワも、今は20才ぐらいの青年になっているでしょうが、素朴な土地で育ったからこそ、いつまでもあの笑顔を忘れないでいてほしいと願います。
私の母も、「外国なんて行きたいと思わん」とずぅーっと言っていました。言葉が出来ない、食べ物の習慣などが主な理由でしょうが、5年前、母73才で初めての海外旅行へ行きましたヨ!今書いている『1994 ネパール再会の旅』を書き終えたら、次の旅日記として書きます。

コスモスさんのブログ記事へのコメントです (^_^)/!
京都「きたの夏祭り」の、小さな女の子のフリルがついた着物(浴衣)が可愛いですネー!学生さんが盛り上げに一役買うのも、地域が一体になっている感じがします。
京都御苑の自然観察のキノコは、やはりすべて『毒キノコ』でしょうか?これは平安人様の記事かな?
朝顔、子供の頃はすぐそばに咲いていましたし、観察日記とかも書いていたような・・・?でも、こんなにも様々な色があるのですネー!
伏見の風鈴、ユニークなものがありますネ (^o^)!若い頃の旅仲間が伏見や宇治に住んでいる人がいて、泊めていただいたことがあるのですが、伏見稲荷へは行かなかったです。

投稿: コスモス | 2010年8月 6日 (金) 22時13分

こんばんは~♪
 「つれづれ日記」へのコメントありがとうございます。
毒キノコです、そして、平安人さんの記事です。
コスモスとは一味違いますね。
 78才のお母さまの初めての海外旅行の記事、
愉しみですねhappy01
私は、お母さまよりず~~~っと若いのですよconfident
と、言う事は可能性が大と言えますね。
 私はペースメーカーを20年以上前から装着しています。
そのおかけで今も元気でいられます。
そのことも有って、何んとなく外国に行くことに不安が有ります。


コスモスさんへ

せっかくこちらへコメントして頂いてますので、コスモスさんのブログのコメント欄が開くまで、こちらを利用してコメント書かせていただきました (^_^)!
ペースメーカーをつけていらっしゃるとなると、やはり何かと不安はあるかもしれませんね。まして、言葉が通じにくい海外で何かあったら・・・、と考えると。いやいや、マイナス面を考えるのではなく、プラス思考でいきましょう。そういえば、かつて一世を風靡した100歳の双子の姉妹、故・きんさん、ぎんさんは、100歳を過ぎてから初めて海外旅行(台湾)へ行かれたそうです。これもある意味、スゴイですよネ!
『飲茶』楽しまれたのですネ (^_^)!いや、でもあれは、『飲茶』というレベルを越えたご馳走ですヨォ (^o^)!ここ数年の不景気で、すっかり貧乏性が身についてしまった私は、とても食べられませーん (^_^;;!もし、京都を歩くのなら『狭く深く』なのですネ!有名なところばかり何度も繰り返し訪れている私としては、大いに反省!コスモスさんにご指導いただいて、京都の街を散策せねば!

投稿: コスモス | 2010年8月 7日 (土) 20時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ネパール再会の旅 64 『ヤンジー達の学校へ』 | トップページ | ネパール再会の旅 66 『さよなら・・・ブプサ』 »