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2010年8月11日 (水)

ネパール再会の旅 68 『普通はできない旅の体験』

5月18日(水)曇り
カトマンドゥ

 8時起床。このところ、ぐっすり眠れる日が続く。この国の生活のリズムに慣れてきたからだろうか。とりあえず、シャワーと髭そりを済ませ、9時過ぎにロードウェイ・カフェで朝食にする。コーンフレークとミルクコーヒーを注文する。一度ゲストハウスへ戻り、10時にアンジュと伴に日本大使館へ行く。やはり必要な書類をすべてそろえておかないと、ビザの申請書さえもらえない。

ゲストハウスへ戻ると、牧原さん達が戻って来ていた。お互いに「アッ!こんにちは!」と挨拶。俺は山の方へ行っていたので、想像以上に早い帰りに「もう帰って来てたの?」と、驚いていた。しばらく部屋にいたのだが、やがてサンカールが呼びに来た。レセプションへ行くと、彼女たちは今日この後、来年行う予定の琴のコンサート会場の下見に行くらしいのだが、サンカールがまずシティホールを紹介したらしい。

「シティホールって知ってる?」
「シティホール?聞いたことはあるけど、どこだったかな?」
レセプションに貼ってあるシティマップで探していると、サンカールが「ここだよ」と教えてくれた。
「あっ、ここね。わかった!知ってますよ」
「知ってる?!良かった!タクシーで行くにしても、私たちだけじゃ不安だからさぁ、一緒に行ってくれない?」
「エッ!僕もですか?」
「ちょうどお昼だし、どこかで一緒に食事でもしてから、ねえ?」
「この間も案内してもらってるし、ご馳走するから一緒に行ってくれない?」

2人にそう言われ、結局一緒に行くことに。牧原さん、降矢さん、俺とサンカールも行くことになった。サンカールが一緒なら、俺は必要ないような・・・?とりあえず昼食へ向かうが、さて、どこへ案内しよう?「いつも行ってるようなところでいいよ」と言われ、少し安心して、日本食もできるオム・マンダラ・レストランへと案内する。皆それぞれ違うものを注文する。天ぷらは、衣が多過ぎるかな、みそ汁はダシが今一つ効いていない、しかし、ごまあえとお浸しは、美味しくて、2人にも好評だった。

食後、タクシーを拾い、まずネパール・アカデミーホールへ。ここへ来た目的・主旨を牧原さんが応対してくれた方に話し、我々一行は中へ。ステージや客席はもちろん、舞台下まで見せていただけた。ホールのメイン会場を案内していただいた後、2階にあるカルチャースクールへも案内してくれた。ネパリーミュージック&ダンス、中にはネパールで有名な俳優・女優さん達もいるそうだ。

練習風景を見ていると、「んっ?あの女性は・・・、チトワンで映画の撮影現場に出くわしたとき、出演していた女優さんでは?」。いや、それだけではない。案内していただいた男性、その方も確かその撮影現場でその女優さんとダンスしていた方のような・・・?
*後ほど知ったことですが、この時案内してくださった方は、ネパールでも有名なダンスの先生であり、俳優でもある方でした。

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アカデミー・ホールで。舞台下を案内していただいた後、客席と舞台上を見学。

Img209

カルチャースクール内での、練習風景。後に知ったのですが、ここに写っている皆さん、ネパールではとても有名な方達ばかりだそうです。

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ネパールの女性にしては珍しく、ジーンズをはいている人も。チトワンでの映画の撮影現場で、出演されていた女優さんに間違いない!?と思うのですが・・・。

Img211 

彼らは、音楽担当!彼らの音楽に合わせ、ダンスの練習をしていました。

アカデミー・ホールから移動の際、案内していただいたダンスの先生が事情を知って同行してもらえることとなり、次はシティホールへ。が、何か子供たちのコンテストのような催しが行われていて、充分な下見はできなかった。
そしてさらに、やや郊外にある『ホテル・エヴェレスト』へと向かう。そこは、コンサート会場というよりも、ホテル内のステージ付きの広いレストラン。だが、ここでもちょうど、映画のロケが行われていて、ロケの合間に映画スターにサインをねだる少女たちがたくさんいた。どの国も同じだなぁ。そこで我々は紅茶をご馳走になり、しばらく映画のロケ風景を見ていた。
このようなことは、普通に考えれば、まず体験できないことだし、日本にいても関係者でなければ、舞台下まで見ることはないだろう。それだけに、とても貴重な体験であり、ずいぶん得をした気分だ。

6時過ぎにマナスル・ゲストハウスへと戻る。写真の焼き増しを受け取りに行き、ヤンジーやマヤ、イエロートップの人々、そしてブプサへ向かう時に出会ったオングさんに手紙を書く。写真の注文ミスもあったのだが、まぁ自分が悪いんだし、仕方がないか。

ククリラムもずいぶん飲み、夜、牧原さんと降矢さんに初めて来たネパールの旅の話・感想を聞きながら、時間をつぶし、12時過ぎに眠る。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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コメント

まだ民族衣装を着た人の方が多いということさえ不思議。だんだんジーンズが増えてきてしまうでしょうね。動きやすいし楽だし。ベトナム辺りは数年前で女性は半々かな。男性はほとんど日本の人と変わらなくなっていました。
私たちも民族衣装を大事にして時々着たいけれど…。


hannaさんへ

彼女たちは日常的にパンジャビスーツ(クルタ・スルワール)やサリーを愛用していましたから、感覚的には『民族衣装』ではなく、むしろ『普段着』だったと思います。
ジーンズも増えつつあったでしょうが、まだまだ高価なもの。動き易さや楽な点では、パンジャビスーツの方が上のような気がします (^_^;;ヘヘッ!
日本女性の民族衣装と言えば即、「着物」と答えることができますが、男は・・・?羽織・袴?女性が着物を着る機会はあっても、男はないですよネー(笑)!甚兵衛も民族衣装の一つと言って良いでしょうか・・・?

投稿: hanna | 2010年8月11日 (水) 23時44分

一番下の写真に太鼓が写っていますが、
日本でも岐阜で昨年ネパール義捐金のための民族音楽会がありまして、そこで初めて見ました。
独特の音楽ですね。
舞踊も見せて頂きました。


matsubaraさんへ

ネパールには ”タブラ”と呼ばれる鼓に似た小さな太鼓がありますが、この太鼓は大きいですね。
『音楽があるから踊る』というように、ネパールでは、音楽と踊りは一体化している感じがしますよね。それぞれの地域や民族に伝わる伝統舞踊もありますし、それらを見るのも、楽しみの一つです。
この日は、思いがけない旅の経験で、まさかこのようなシーンを見られようとは・・・!ビックリでした。

投稿: matsubara | 2010年8月12日 (木) 09時06分

>このところ、ぐっすり眠れる日が続く

最近はどうですか?ぼくは交代勤務の夜勤で寝ることが出来ない日々が続いています~あちぃの(笑)

ヤンジーの写真はその後送ったのですかね~

青龍○段さんへ

ここ最近は、寝苦しい夜が続いていますヨォ!エアコンをつけて寝ても、タイマーが切れると・・・!
交代勤務の夜勤、私も経験ありますが、仮眠程度にしか眠れませんから、大変ですよネェ!夏バテせぬよう、ご自愛ください。
ヤンジーの写真は、カトマンドゥから送りましたヨー (^_^)!

投稿: 青龍○段 | 2010年8月12日 (木) 21時03分

 こんにちは~♪
慕辺未行さん
まず、↓のコメントのお返事です。
確かに写真の撮り方は好みが有りますね。
建物を撮る時に正面から撮る事は少ないです。
無意識のうちにですね。
 「もてない、さえない」本当にそうなら口に出せませんね(^_-)-☆
平安人さんは多分慕辺未行さんのお父様の世代でしょうね。
お勉強もよくされていて私は何時も学ばせて戴いています。
実は、時々私の記事へ補足もconfident

 今の京都は古いだけでは有りませんね
伝統だけでは食べていけません。
私の住む西陣の職人さん達も、西陣織と「洋の文化」とのコラボレーションに取り組んでおられて、一定の成果をあげられています。

上七軒通は天神さん(北野天満宮)の東門の東側の通りです。

 舞妓さんは、カメラを向けると「ありがとうございます」と言われるのですよ。
花街でなら正面も撮りますが、背景があまりにも悪いので遠慮しました。
花街も変わりましたね。
身近な存在になりました。
舞妓さん達が親善のお役目も果たして居られるのですよ。
 ネパールの「ティハール」と呼ばれる祭りが「光の祭」・・・以下興味深く拝見しました。
ネパールと京都はご縁が有るのですね。

やっと今日のコメントですhappy01
 ネパール・アカデミーホールでの体験、本当に日本では多分絶対に出来ないであろう体験をされましたね。
有名なダンスの先生でもあり、俳優さんに案内して頂いて
有名な方たちの練習風景まで見せて戴かれて

やはり、民族衣装はええですね
日本人の着物離れは寂しいです
日常的に行動し難いので仕方ありませんが・・・
母は亡くなるまで着物で通していました。

 映画のロケまで。
日本では経験できない好い思い出になりましたねgood


コスモスさんへ

『もてないさえない』50才近いオッサンですヨー (^_^;;!ホントに!皆様、私より年上の方のほうがはるかに多いのですが、いつも「過大評価し過ぎだヨー!」と思うぐらいお褒め頂いたりすることがありますので、恐縮しまくりです。
平安人様、今も常に前を向いて生きていらっしゃる方なのですネ!私の親の世代の方とは思えないほど、生き生きしていらっしゃいますネ!母に見習わせたい・・・。
ふと思ったのですが、私は京都で本物の舞妓さんを見たことがない・・・よなぁ!一度は見てみたい、一緒に写真を!と思います (^_^;;!
たまたま同じゲストハウスに泊まりに来ていた日本人女性、それがきっかけで、本当に珍しい体験、貴重な体験をさせていただきました。ネパールでは皆有名な俳優さん達だったそうで、それも驚きました。日本の民族衣装、女性の着物は分かりますが、男は・・・?甚兵衛も民族衣装に入るかなぁ?

投稿: コスモス | 2010年8月13日 (金) 16時50分

 こんにちは そして初めまして
私どもの拙いブログをご覧戴いてありがとうございます
丁寧なコメントも拝見しています
慕辺未行さんは丁度私の息子と同じくらいの歳の方ですね

 私はネパールは未知の地ですが
毎回の詳しくて愉しい記事を拝見して身近な場所に感じています
 外国は仕事がらみでシンガポールへは何度か行きましたが
残念ながら他の地へは行っていません
 過去の記事も遡って拝見しながらこれからも愉しみに拝見させて頂きます
 お盆休みを戴いておりますがブログは更新しております
どうぞ宜しくお願いします


平安人さんへ

はじめまして (^_^)/!
コスモス様からお話、伺っています。いつもありがとうございます。私のブログのほうが、よほど拙いものですヨ (^_^;;!自己満足の塊で、コメントしづらいかと思います。
シンガポールは、乗り換えで立ち寄っただけで、観光したことは全くないのですが、いつか行ってみたいと思うところです。ナイトサファリが出来る動物園があったような・・・?そこへ行ってみたいのですヨ!
ネパールの他の記事、例えば『1992 エヴェレスト街道を行く』は、エヴェレストの写真も掲載していますし、雄大なヒマラヤを楽しんでいただけるかと思います。文章はとばして、写真だけでもご覧いただけると、幸いに思います。
(カテゴリーを開くと、『写真で振り返るエヴェレスト街道』という記事がその1~8まであります。)
こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 
コスモス様が書かれた『五条坂の陶器まつり』のブログ記事へのコメントです。
急須のデザイン、良さそうですネェ!金沢で安物の九谷焼の急須を買ったことがあります。フクロウは『不苦労』とも云いますから、縁起がいいですよネ (^_^)!
京都も『清水焼』など、焼き物が盛んでしたネ!ずいぶん前ですが、両親を連れて京都へ出かけた折、清水焼の小さな香炉に目を奪われたのですが、お値段が・・・!諦めたところ父が「(ガソリン代・高速代)全部出しとるで、買ったる」と言って、買ってもらいました (^_^) 。

投稿: 平安人 | 2010年8月14日 (土) 09時49分

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