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2010年7月20日 (火)

ネパール再会の旅 57 『ルクラからブプサへ』

5月13日(金)晴れのち曇り
カトマンドゥ7:10(RA121;ロイヤルネパール航空)7:50ルクラ8:30(徒歩)16:00ブプサ

 4時30分起床。慌ただしく用を済ませ5時。5時10分、オートリクシャを拾い空港へ。200ルピーで交渉成立していたのに、到着すると250ルピーと値を吊り上げる。「タパイィ ドゥイセイ(200)ルピー OK ボルヨ!(あなた200ルピーでOKと言っただろ!)」とネパール語で抗議すると、さすがに即「200ルピーでいいよ」と言った。

5時30分空港着。これがかつては国際線も使っていたとなると、とんでもない田舎の空港だ。が、カトマンドゥ自体が巨大な村なのかもしれない。RA(ロイヤルネパール航空)121便は6時30分発だが、山の方の天候のせいであろうか、7時に搭乗開始。7時10分過ぎに離陸。天気は快晴で、ヒマラヤの峰々が見渡せる絶好のフライトとなった。

ルクラには7時50分着。歩き出す前にティータイムをとり、8時30分、いよいよヤンジーが住む村、ブプサへと向かう。他のトレッカーたちは当然のようにナムチェ方面へと旅立って行ったのだが、俺は皆とは逆方向へ歩き出す。山の斜面を削り取った、『原っぱ』と言ってもいいような飛行場の横の道を、ひたすら下って行く。ジリから歩いて来ているのであろうトレッカーや巡礼者とすれ違う。皆、ルクラまでのこの急な登り坂に、息を切らしている。下りきると、しばらくは平坦な道が続く。

Img158
ルクラからの急坂を下り、小さな木橋を渡りシュルケイへ。

およそ10時にシュルケイ着。ここからのアップダウンの道に備え、ティータイムをとり足を休める。バッティ(茶店)のダイ(”お兄さん”の意味)に「ブプサまでしか行かない」と言うと、「あなたは先生なのですか?」と訊かれた。ブプサまで行って、帰って行くだけのトレッカーなんていないだろうから勘違いされたようだ。

Img159

シュルケイから急な石段を登って行くと、ふと眼下にシュルケイの村全体 (?) が見えました。

シュルケイからポイヤンまでは、急な石段の登り道。1時間に1回はティータイムを取りながら登って行く。ポイヤンを出るとアップダウンの繰り返し。途中、バッティで昼食にララヌードルを食べる。バッティを出てしばらく行くと、同じ店で休憩していた2人のネパール人が振り返り、1人で歩いている俺を待っていた。

「サーティ チャイナ?(友達(仲間、連れ)はいないの?)」
「サーティ?ツァ!タパイィハル メロ サーティ ホ(友達?いるよ!あなたたちが私の友達ですよ)」

彼らの問いかけに、こう笑顔で答えると、彼らも嬉しそうに「私たちは今日、カリコーラまで行くからブプサまで一緒に行きましょう」と言って、3人で歩き始めた。声をかけてくれたオングさんは、シャンボチェにある『ホテル・エヴェレストビュー』で働いているそうだ。もっと早いペースで歩けるだろうに、彼らは俺のペースに合わせて歩き、途中1時間おきぐらいにバッティで休憩もした。
*ホテル・エヴェレストビュー…長野県出身の日本人経営の高級ホテル。その名の通り、ホテルにいながらにしてエヴェレストを眺めることができます。ただし、肉眼で見るには、まだはるか彼方です。天候が悪ければ、もちろん見られません。

オングさんは休憩中に「ホテルで日本人客にもらったんだよ」と言って、浮世絵がデザインされたハンカチを見せてくれた。そのバッティでお勘定をしようとしたら、すでにオングさんが済ませていて、ご馳走になる結果になってしまった。本当なら、俺が支払わなければならないところなのに・・・。おかげですごく楽しく、疲れだってほとんど感じないほどであった。

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オングさんは浮世絵のデザインのハンカチを、袋に入れたままの状態で大切にしていました。彼らとは本当に楽しく歩くことができました。

Img161

カルテ付近まで来て、初めて目的地のブプサが見えました。もうあと少しです。

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コメント

カナダのハリファックス国際空港だってやたらと小さな空港でしたよ。日本のスケールで測るとネパールなんかはかなり違ってしまうでしょうね。でも、のんびりしてたり抜け目がなかったり、色々ですね。


hannaさんへ

かつてそこが『国際空港』だったとは思えぬほど、設備的にも粗末なところでした。陰で国際的にテロリストが横行している現在、『これではとても防げない』ような空港でした。もっとも、世界的なテロリストがネパールを狙うとは考えにくいですが・・・。しかし、マオイストと呼ばれる毛派の過激な人々もいますし、内政もいまだ不安定です。以前は、そのようなニュースや新聞記事を見るたびに、ネパールの友人たちへ手紙を書いたものでした。

投稿: hanna | 2010年7月20日 (火) 23時08分

偏見なのでしょうが、大手ではない航空会社は
安全性の面で大丈夫なのかなあって思ってしまいますね。
在職中に緊急で香港に出向くことになり
最も離陸時刻の早い航空会社を手配しておいたのですが
会社からそこをキャンセルして大手にせよとの指示がきましたよ。
少し不安を感じながらの手配でしたが
会社側としては危機管理ということなのでしょうね。
やっぱりなあと少々複雑な気持ちでした。

先日の双頭の蓮の寺(セントレア近くの)、その通りです。
ありがとうございました。


Saas-Feeの風さんへ

いえ、おっしゃることは「ごもっとも!」なことと思いますヨー(^_^)!過去に大事故を起こした、それも一度ならず数回…となると、その航空会社は避けたくなりますよネー!自動車の交通事故よりは、はるかに確率は低いそうですが、飛行機事故は遭遇したら、怖いし諦めなければ・・・とも思います。
でも、仕事中に緊急で香港へ!?遊びや旅行では決してないのでしょうけど、それでも羨ましいです (^_^;;!

投稿: Saas-Feeの風 | 2010年7月23日 (金) 22時46分

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