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2010年7月21日 (水)

ネパール再会の旅 58 『ブプサへ到着して』

4時にブプサへ到着。そこでオングさん達に別れを告げ、俺はヤンジーがいる『ホテル・エヴェレストトップ』を探した。しかし、ほんの10軒ほどもないロッジのどこを見ても、その名のロッジはない。声をかけてきた村の男の人に訊ねてみても、「そういう名のロッジはこの村にはない。」と言う。さらに「『エヴェレスト』がつく名前のロッジは私のところだけだから、うちへ泊まりなさい。」とまで言うので行ってみると、ヤンジーから送られてきた写真の建物とは全く違っている。

俺は彼に「ニマ・ヤンジー・シェルパという女の子を知っているか?」と尋ねると、しばらく考え「あぁ!知ってる。」と答えた。俺は「彼女に会うためにここまで来たのだ。」と説明すると、にわかには信じてもらえず「手紙を持ってきているのか?」などと聞かれた。持ってきていなくても、実在する女の子の名前が分かっているだけで充分だと思うのだが。
彼は「ヤンジーは今、この村にはいない。学校がカリコーラにあるから、そちらに住んでいる。しかし彼女の両親はこの村にいる。」と教えてくれた。「俺はヤンジーに会うために来たのだから、ここにいて会えなければ、来た意味がない。カリコーラまで行くよ。」と言って、カリコーラへの急な山道を下り始めた。すると、オングさん達が俺に気付いたようで、またしても立ち止まって待っていてくれた。

しかし、下り始めて10分ほどだろうか、上の方から「ハロー、ハロー!」という大きな声が聞こえてくる。「ハロー」と英語で叫んでいるところからして、俺を呼んでいると思い、振り返って、
「Do you call me ?(俺かい?)」と答えると、どうやら先ほどの男のようで、
「Yes. Come back, come back !(そうだ。戻って来い、戻って来い!)」と叫んでいる。
「Go back ? Why ?(戻れだって?なぜだ?)」と聞くと、
「Today is Friday and tomorrow is holiday. Yangjee will come back here.(今日は金曜日で、明日は学校が休みだ。だからヤンジーは今日、この村へ帰ってくる。)」と言っている。確かに明日は土曜日で休みだ(ネパールでは土曜日が休日で、日曜日が週の始まりとなっている)。
「Is it true ?(本当か?)」と訊くと、
「Her mother said.(彼女のお母さんがそう言っているんだ)」との返事。そうなれば話は別だ。下って来た道を引き返すしかない。俺を待っていてくれたオングさん達にジェスチャー交じりでブプサへ戻ることを伝え、10分かけて下った道を、20分かけて登った。

Img185
この2年前、1992年、カリコーラのロッジで出会った時のヤンジー。この素敵な笑顔にもう一度会うために、やって来ました。

Img004

これが、以前ヤンジーから送られてきた、ブプサのロッジの写真。しかし、『Hotel Everest Top』という名のロッジは見つかりませんでした。

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コメント

この娘さんね。大きくなったでしょうね。確かにそう書いてありますね。どういうことでしょうね。なかなか再会も大変ですね。


hannaさんへ

ヘヘッ (^_^;;!さすが!hannaさん!ヤンジーのこと、覚えていてくださいましたネー (^_^)!ココログでブログ開設した当初から、毎回お読み頂いているだけに、記憶に残っていましたネ (^_^)!
この旅の2年前、ヤンジーの名前だけは聞いていたのですが、住所は聞いてなかったです。でも帰国後にネパールの地図を見て、日本の県や郡に当たる地名が分かり、手紙と共に写真を送ったところ、返事が届き交流が続いていたのです。で、『ネパールまで来ているからには、このまま会わずに帰るわけにはいかない!』ので、彼女に会うためだけが目的で、ヒマラヤ山中へと出かけました。
早朝に起床し、長ーい道を何時間も歩きましたが、やはり「もう一度会いたい」という執念が、私をそこまで1日で歩かせたのだと思います。はたから見れば、確かに大変な旅かもしれません。たぶんあのときは、『それさえもいとわず』行くつもりでいたと、邂逅しています。

投稿: hanna | 2010年7月21日 (水) 23時28分

民族衣装でない女性もおられたのですね。
当時私が見た女性はパンジャブスーツかサリーでした。
勘違いしていまして、1998年はチュニジアで
2002?年がネパールでした。


matsubaraさんへ

この写真は、1992年にカリコーラのロッジで撮影したものです。確かヤンジーが学校から帰って来た後だったと思います。体育の授業があったのでしょうか、ジャージ姿でした。帰宅して、お腹が空いていたのか、麦こがしを食べ、弟にチョウミン(焼きそば)を作ってあげていたような記憶があります。その後片付けをしているときに、『こっちを向いてくれないかな―』とカメラを構えていたら、気配に気がついて振り向いてニッコリ!と笑ってくれました。
この旅日記当時(1994年)でも、ジーンズを穿いているネパール人女性を見たことがあります。

投稿: matsubara | 2010年7月22日 (木) 08時15分

おはようございます~♪
 今朝も小説の続きを読んでいるようで少しワクワクしながら、
そして愉しく拝読しています。
実は私は英語教室へ行っています(「学んでいます」とは書けませんcoldsweats02
慕辺未行さんの英会話はシンプルでとても勉強になって・・・
和訳無しでも解るなあ!(^^)!
 二年前のヤンジーの笑顔、明るくて魅力的ですねhappy01
結局、この素敵な笑顔に会えなかったのですかsign02


コスモスさんへ

いつも楽しんでいただけて、とても嬉しいです (^_^)!著名な紀行作家とは比べ物にならないほど拙い文章ですが、逆に素人だからこそ!の味わいだってあると思うのです。
英語教室へ行っているのですか?!毎回欠かさずコメントしてくださるhanna様も現役引退後、足しげく英語教室に通い、今ではペラペラで通訳されることもあるそうです。
ヤンジーとは・・・この続きを楽しみにしていてくださぁい (^o^)!

投稿: コスモス | 2010年7月23日 (金) 07時21分

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