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2010年7月17日 (土)

ネパール再会の旅 56 『2人の日本人女性』

5月12日(木)晴れ
カトマンドゥ

 昨夜は夜中の1時過ぎまでククリラムを飲み干し、今朝は体がやや気だるい。というよりも完全な二日酔いだ。10時半過ぎに、なかなか部屋から出てこない俺を心配してか、ウマがドアをノックして入って来た。「どうしたの?」と。「二日酔いなんだ」とは言いづらく、「胃が痛くてね」とごまかした。彼女は明日トレッキングに出発する俺に、餞別としてツルピー(乾燥チーズの一種)を持ってきてくれた。なんと待遇が良いのだろう。

イミグレーション・オフィスへ出向き、トレッキング・パーミットの申請をする。1週間で250ルピー、エントランス料が650ルピー。何のかのといって、金がかかるワ!帰りにロードウェイ・カフェでコーンフレークとラッシー(ヨーグルトドリンク)でブランチ。

ゲストハウスへ戻りレセプションにいると、オーナーやサンカールが2人の日本人女性を連れてきた。しかし、受け付けはせずそのまま3階へと案内していった。彼女たちの荷物は、ネパール旅行者にしては珍しく、パックザックではなくスーツケースである。しばらくしてサンカールが俺を呼びに来た。その女性たちが「他に日本人は泊まっているの?」と訊いたようで、サンカールは俺のことを「コメディアンみたいな男だ」と話したらしい。そして「ここへ連れてきて」と言われたようだ。「ヘイ。キナ マ コメディアン フ! (おい、なんで俺がコメディアンなんだよ!)」と笑いながらサンカールに抗議しつつ俺も3階へ。彼が冗談めかして言ったのは分かっているから、決して怒ってはいない。

「こんにちは~!」
「こんにちは~!」
「今聞いたんだけど、僕のこと『コメディアンみたいな男だ』って言ったらしいけど、全然違いますからネ!」
「そうなの?『他に日本人泊まってるの』って聞いたら、そう言ってたから、『じゃあここへ連れて来て』って頼んだのよ、ネェ―!」

初対面なのに、初めから和気あいあい。彼女たちは文化交流目的と観光を兼ねて来ており、今回は、来年行う予定の琴のコンサートの下調べ、会場を決めるための下見をプライベート旅行と重ねて来たそうだ。「ヘェ~!そうなんですか!」とちょっとビックリ!ネパールへ来る前、シンガポールへも立ち寄り、そこに住む知人宅で泊めていただいたそうだが、それがとてつもない大邸宅だったらしい。ここマナスル・ゲストハウスへは、日本で知り合ったネパール人(オーナーの親戚らしい)の紹介だそうだ。2人ともネパールへ来たのは初めてだそうだ。

「ところでさぁ、この辺に、コンビニある?」
「すいません・・・(笑)、ここネパールですヨ!ネパールにコンビニがあると思います?」
「アハハ!やっぱり、ない?!」
「でも、コンビニに近いタイプのスーパーなら、ありますよ!」
「ホント?ヘェー、どこ?」
「そこの道を北へ行って、銀行の角を右へ・・・」
「あのねぇ、私達さぁまだ来たばかりで、どっちが北でどっちが南なのかも、わからないだから!連れてってヨ!」
「そりゃそうだ(笑)!じゃあ、3時にイミグレーション・オフィスへ行かなきゃいけないから、その時に案内しますよ。行く途中にありますから!」

2時半ごろ、2人を連れてまずスーパーへ向かう。2人が買い物を済ませ、イミグレーション・オフィスでトレッキング・パーミットを受け取る。そこで、

「さあ、次は?」
「エッ?次って?」
「どうせ暇なんでしょう?!ついでだから、どこか案内してよ。3回もネパールへ来てるんだったら、案内ぐらいできるでしょ?」
「・・・わかりました(笑)。」

とうとう歩いてまわれる範囲内で、カトマンドゥの街を案内することになってしまった。彼女たちの名前は、牧原さんと降矢さん。まずは王宮前を通り、ホテル・ド・アンナプルナを経てアサン広場、ニューロードへ。「ここはいつもバザールが出てて・・・」「ここがネパール一の繁華街・・・」などと案内する。するとふと、ネパールへ到着した時に知り会った高柳さんと会った。彼は今から日英ネ言語学校へ行くそうだ。

そしてスーパーマッケットという名のデパート。「ここは、僕が知る限りでは、ネパールで唯一エスカレーターがある建物なんですよ」と話すと、驚いたというか笑いながら、「見てみたいね。それにどんなものが売ってるのかも見たいし・・・」で、中へ。エスカレーターでは子供たちが下りのエスカレーターを逆に上ろうとしたり、こんな光景、かつて日本でも見たことがあるなぁ。フレッシュジュースを売る店があって、「ねぇ、喉乾いてない?何か飲もうか?」と言われて、ジュースを飲む。俺の分は彼女たちがご馳走してくれた。ジュースを飲みながら1階まで下りてきたら、そこで今度はシンガポールからの飛行機の中で知り合った高橋さんとも偶然再会した。

さらにそこから、観光案内所を経てダルバール広場へ。ここにもお土産を売るバザール、『生き神様』と崇められる『クマリの館』、『カーラ・バイラブ寺院』などを案内し、インドラ・チョークをのんびり歩き、2時間ほどカトマンドゥの街を彼女たちに案内してゲストハウスへ戻る。またしても、喉が渇いていたのでスプライトをご馳走になってしまった。でも2人にとってはデパートでのジュース代と共に俺に対する『ガイド料』だったのかもしれない。俺自身も久々に観光した気分だ。明日からしばらくブプサへと向かう俺、2人とはこれが最初で最後かもしれないので、そのことを告げ、お互い「ありがとう!」とにこやかに握手した。彼女たちは本当に感謝してくれた。そして4時半過ぎ、シャワーを浴びる。

夕食は、ラサ・レストランでエッグ・フライドライスとエッグ・コーンスープ、ジャスミンティー。ゲストハウスへ戻り、明日の出発の用意、部屋代の精算、手紙の投函以来。そしてオーナーとアンジュと俺の3人で、また酒を飲む。

それにしても、この日は色々な人と会えたし、パブラムからも電話があったし、楽しい日々を送っている。明日は飛行機のフライトが早いので、8時には寝ることにする。

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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コメント

日本人の数がべらぼうに多いハワイなどではお友達になることなんてありえないでしょうが、少ないと「オオ、我が同朋よ」ってなりますから直ぐ打ち解けられますね。あちらはいいガイドさんを見つけられてありがたいことだったでしょうね。


hannaさんへ

そうですよね。大きなホテルではないゲストハウスだからこそ、このような雰囲気が生まれるのだと思います。おふたりは、年齢不詳でしたが、私より年上だということは分かりました。でも本当に気さくな方たちでした。初めてネパールを訪れた彼女たちをガイドしたことも、楽しい思い出です。
この日が最初で最後!と思いきや・・・実は???この後の展開、楽しみにお待ちください (^_^) 。

投稿: hanna | 2010年7月17日 (土) 22時38分

おおっ! 次回はついにメイキングLOVEの話か___!happy01
ジンさん今まで色んなとこ行ってるけど、女性とうんぬん。。と言う話が出てこないねぇ・・
隠さずに話なさいよ( ̄ー ̄)ニヤリ


ウンディーネさんへ

あれれっ?そんな風に思われちゃいましたか (^_^;;?いえいえ、このお二方は、私よりずっと年上の方ですから!ただ、私が山の方へ行って来た後に、またゲストハウスでお会いして、お二人の目的の一つに付き合わされた、ということです。これはまた、後日の旅日記に書きます。
ということで、残念ながらメイキングLOVEなどの話は、全くないのですヨ!

投稿: ウンディーネ | 2010年7月18日 (日) 01時14分

この女性もサリーを着ていたのでしょうか。
あちらは100%近くサリーですね。女性は・・・
サリーとは言わず別な名前がありましたでしょうか。
言葉はナマステしか私は分りません。
学ばれましたか。


matsubaraさんへ

お二人とも、普通の恰好をしていましたヨ!でも2人が帰国される直前はパンジャビスーツ、いえ今はクルタスルワールと呼ぶようですが、それを着ておられました。
サリーは一枚布でできていますが、クルタスルワールは、ワンピースのような、丈の長い上衣(クルタ)と、ズボン(スルワール)にショールがセットになったものです。
以前は、既婚者はサリー、未婚者はクルタスルワールを着用していましたが、最近では、既婚者もクルタスルワールを着用することがあるようです。
言葉は、現地で少しずつ実践しながら覚えました。何しろ、暇な時間が多々ありましたので (^_^;;!

投稿: matsubara | 2010年7月18日 (日) 09時12分

おはようございます~♪
 今朝も早朝にお出で下さった事と思いますが
暫くの間ですが、更新を隔日にすることになりました。

慕辺未行さんは文章がとてもお上手ですね
小説を読んでいるようでコメントを書き忘れて
帰ってしまいそうです
 未知の世界の事ですが、とても身近な場所に感じられます。
慕辺未行さんは私もコメディアンかと思っていましたよ(^。^)y-.。o○
ガイドされて感謝されたお二人の女性とのその後は?
この後日談を愉しみにしていますhappy01


コスモスさんへ

早朝と言うより、いつも真夜中です (^_^;;アセアセ!0時前後で、すみません。
ネパール滞在中は、けっこう暇な時間もありましたから、こまめに日記を書いていました。文章は・・・、お褒め頂いただけで、充分です (^o^)!
スタッフたちが、あのように言うのも、今思えば半分納得です(笑)。『ジャパニネパリー』と言われたり、ネパール名をつけられたり・・・。完全に仲間にされていましたからねぇ。
この後、記事にもあるようにブプサという、山の方の村へと出かけたのですが、そこから帰ってきたら、再びお二人と会いました。で、お二人よりずっと年下で、暇な私をつかまえて、彼女たちがカトマンドゥでしておかなければならない目的に、付き合わされることになりました。詳しくはまた後日の旅日記で紹介します (^_^) 。

投稿: コスモス | 2010年7月18日 (日) 10時03分

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