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2010年6月14日 (月)

ネパール再会の旅 40 『ポカラ到着』

4月29日(金)晴れのち曇り
ビレタンティ8:00(徒歩)8:30ナヤプール8:30(バス)10:30ポカラ

 7時近くに起床。今日はわずか20分程歩けば、バスでポカラへ。やっとトレッキングも終わりという感じだ。今朝は怪しげな雲も出ており、ひんやりと涼しい。今朝は隣のレストランで、トースト、スクランブルエッグ、レモンティーにする。

8時スタート。ナヤプールまでわずかな時間で到着し、8時30分、ちょうどバスが来ていて急いでそのバスに乗り込む。するとすぐに発車した。ポカラのバスパークまで36ルピー。まだ建設途上の未舗装の道を、バスは砂煙をまきながら走る。いくつもの村を通り過ぎ、ポカラへは10時30分到着。

バスパークにて、時間的に数少ない客引きの中から、ホテル・トライスターに決め、20分ほど歩いてホテルへ向かう。ホテルというより、ゲストハウスと呼ぶ方がふさわしいのだが、シャワー付きのシングル、100ルピーで交渉成立。明後日発のチトワン経由カトマンドゥまでのチケット(チトワンでの宿泊費込み)を85ドルにて手配してもらう。そして大量にある洗濯物を洗い干しておくが、温暖な気候のせいか、アッという間に乾く。やたらに眠くて、午後は昼寝と決め込む。

夕方、シャワーを浴びリフレッシュ。しかし口髭だけは残した。外出しようとすると、にわか雨。結局ゲストハウスから一歩も外へ出ることなく、夕食もゲストハウス内のレストランで。ライスにオニオンスープ、チキンカツレツ、酒はククリラムのコーラ割り。7時に夕食ができたのだが、チキンカツレツのおいしいこと。肉をこんなに食べたのも久しぶり。久々に腹いっぱいだ。うまかったワァ。満足、満足。

それにしても、どこへ行っても日本語を学んでいるネパール人がいる。このゲストハウスにも、まだ20才のパスカル君が、今まで学んできた日本語を俺と話すことで実践している。彼にとって日本は憧れの国。俺は彼に「日本語の勉強もいいが、日本へ来てみたいと思うなら、電気や建築、コンピューターなどの勉強をしたら」とアドバイスした。ネパールでそれらの仕事に携わっている人で、研修で日本に来たことがあることを知っているからだ。パスカル君は礼儀正しく、直立不動の姿勢で、俺のような男の話でも熱心に聞いていた。その後、8時30分ごろまで本を読み、9時には眠る。

ポカラ、ホテル・トライスターにて

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コメント

ネパールの人一度、外務省のプログラムで、国際交流グループが研修生に日本語を教えたけれど、彼はどこへ研修に行ったんだったかしら。さまざまな国の人がそれぞれ博物館、自動車会社、市役所と多岐にわたっているので、忘れてしまいました。みんな真剣でした。ベトナム、モンゴルなどの人は気が強かったけれど、社会主義支配の国では強くないと生きられないのかも知れませんね。


hannaさんへ

私が知っている『来日経験があるネパール人』の人々は、某建設会社で研修、ネパール国内である程度日本語を学んだ後日本の日本語学校でさらに日本語を習得し、コンピューター専門学校へ通った人が多いです。
他にも万博や様々な博覧会で、ネパールの人と接する機会がありました。皆ネパールで日本語を学び、『日本へ行けるチャンス』と応募し、各博覧会のコンパニオンとして来日していました。
ネパールは中国とインドに挟まれた小国家。日本は大陸の外の小さな島国。かつてネパールの人々は、そんな小さな島国の日本が、大国・中国、ロシアを相手に戦い勝利したことでずいぶん勇気づけられたそうです。『自分たちもやればできる』と。そして日本が第2次大戦で敗れたものの、その後の復興、目ざましい高度成長・・・、ネパールの人々には信じられないほどのことのように映ったのかもしれません。それゆえ、小さいながらもアジアの中の『経済大国、技術大国・日本』に憧れを抱く人々が多いのでしょう。

投稿: hanna | 2010年6月14日 (月) 23時25分

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