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2010年6月 5日 (土)

ネパール再会の旅 36 『ビスタリ、ビスタリ、チトレまで』

4月25日(月)晴れのち曇り一時雨
タトパニ7:00(徒歩)12:45パラテ13:30(徒歩)14:20チトレ

 6時起床。コンチネンタル風の朝食(トースト、ポテト、リンゴジュース、コーヒー)をとり、7時にスタートする。支払いは何と751ルピー。高すぎる。使い過ぎだ。とはいえ使ったものはしようがない。カグベニで3泊タダだったんだから、よしとするか!

素晴らしい陽当たりの中、半袖1枚でも汗をかく。何度も休憩し、ガラまで2時間半。この日、どこまで行けることやら・・・?タトパニからゴレパニまでは標高差約1700mの登りなのだ。行けるところまで行くしかない。シカの下村のバッティ―(茶店)に10時半着。ホットレモンとミルクティーを飲み、30分ほど休む。このペースならチトレまでは行けそうだ。

チトレをこの日の目標に、パラテに12時45分。ここで昼食にする。ファンタにヌードルスープ。延々と続く登りに、かなり疲れ気味。チトレまであと1時間ぐらいというところなのに、雲行きが怪しくなってきた。チトレまでもってくれればいいのだが・・・。

1時半ごろスタートし15分ほど歩くと、顔見知りになった他の人のトレッキングガイドのヨカンさんが俺を呼び止める。何かと思うと、「可愛い娘がいるけど、どうだい?」などと冗談を言っている。一緒にロキシー(ネパールの焼酎)を飲み、バッティ―の娘さんにちょっかいを出してふざけているヨカンさんの写真を1枚撮って、そのわずか10分後、チトレ着。2時20分だ。ホテル・ダウラギリに泊まることにする。ゴレパニまで行くというヨカンさんが立ち寄って、彼が身に着けていたネックレスを記念にプレゼントしてくれた。俺も彼の住所と名前を書いてもらい、写真を送ることを約束した。

Img074

明るく陽気なヨカンさん。しかし彼は、実は言語障害を持っていて、話すことがほとんどできないのです。それでも身振り手振りでコミュニケーションできました。貴重な体験でした。

ムスタンコーヒーを飲みながら、ふと外を見る。窓の外は雨。ここまでにして良かった。もしゴレパニまで向かっていたら、今ごろはこの雨の中を歩いているところだ。トレッキング中の暇な時間は、体を休めるかネパール語の勉強。少しずつでも言葉を覚えたい。

夕方、雨が降ったり止んだりしている。太陽が照っていても、雨が降ってくる妙な天気。ここも電気がない村。夕食はいつものパターンで、ベジタブル・エッグチョウミンとポテトチップス、ムスタンコーヒー。チョウミンはなかなかイケる。玉子が入っているのが良かったかナ。8時過ぎには眠ることにしよう。

チトレ、ホテル・ダウラギリにて

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コメント

健全な古代生活が続きますね。日本の生活とは大違い。私も宵っ張り。朝寝坊はできないけれど、今の私には昼寝という最高の楽しみがあり今日は朝掃除がすんだら、朝寝を1時間もしてしまいました。
山歩きで雨はつらいですね。でも、判断が難しいでしょうが。


hannaさんへ

トレッキング中はどうしても『早寝早起き』の生活になります。電気のない村では、それこそ『日の出と共に起き、日の入りと共に寝る』生活です。オイルランプの下では、本を読むのも大変ですから!近代文明以前(?)の人間の生活を体験したこと、とても貴重なものだと思っています。
山歩きで雨に降られると、確かに大変です。この時はゴアテックスのレインウェア(水は通しませんが、空気つまり風は通します)でしたから、まだマシなほうだったでしょう。判断も難しいですが、さすがに3度目のネパールですし、過去の経験である程度分かるようになりました。

投稿: hanna | 2010年6月 5日 (土) 23時08分

今更ながらですが(前にもこんな台詞を書いた)
トースト、いわゆるパンですね、これが普通にあるというのは自家製なのですよね。
ジャガイモはある程度の環境でも育つとうろおぼえですが、パンを作るとなると小麦粉を運ばないといけない。
すると、それは下の街から運ぶのか、はたまたそれも自家製か・・・う~ん、どうなのでしょうか?


青龍○段さんへ

ネパールの標高の高い村では、麦畑が多かったです。ですからパンは、たぶんこの地方で獲れた麦から作ったもの、と思います。近年では、新潟出身のある日本人の方の努力と試行錯誤が実って、もっと上流のジョモソムで稲作に成功したそうです。ジャガイモは地元のものかと思います。私が当時ネパールで思ったのは、「卵とジャガイモは絶対にネパールの方がおいしい!」ということでした。『地産地消』のものが一番!です。

投稿: 青龍○段 | 2010年6月 7日 (月) 23時12分

貧しくとも陽気で明るいシェルパそして人懐っこい村人、日本では失われたこころがありました。体力が許せば今一度訪ねたいです。標高はどの辺りまで入られたのですか?


minojiさんへ

本当にまだまだ素朴で人懐っこい人々が多いですよネ!私は個人で歩いていたのですが、コース上で何度か顔を合わせ、お互い顔見知りになって親しくなったガイド(もちろん他のトレッカーのガイドです)もたくさんいました。
この時の旅では、ムクチナートが一番標高が高く、3700m強です。富士山よりやや低いぐらいです。 でも、1992年に訪れたときは、エヴェレスト街道ではカラ・パタール(5545m)、アンナプルナ周遊ではトロン峠(5416m)を越えました。

投稿: minoji | 2010年7月 5日 (月) 20時49分

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