« 木曽・奈良井宿 | トップページ | ネパール再会の旅 31 『トゥクチェまで』 »

2010年5月24日 (月)

ネパール再会の旅 30 『マルファでの1日』

4月20日(水)晴れのち雨
マルファ

 ほとんど眠れぬ状態で6時起床。枕が変わると、良く寝つけない体質なのだろうか?こんなことでは、『一生涯旅人』なんて威張ってられないな。朝食はムスリーとカード(ヨーグルト)とりんごを混ぜ合わせ、ミルクコーヒーを飲む。天気は絶好とは言えないが、晴れてくれそうだ。

朝食後は屋上で陽なたぼっこ。椅子に座ろうと思ったが、昨夜の雨で濡れている。しかし、陽射しは暖かだ。村をぶらつく。街道沿いにあるゲストハウスなどの建物は、この村では白亜に統一されて、街並みを美しく保っている。脇道に入って行くと、道は狭く曲がりくねっており、ともすると、現在地が分からなくなりそうだ。山裾にまで民家が建ち並ぶが、奥に行けば行くほど貧しい造りになっている。

Img476
街道沿いの様子、その1。石壁が白く塗られています。(92年撮影)

Img063

街道沿いから脇道へ入ると、もう一つの違う雰囲気が感じられました。

Img064

山裾ぎりぎりまで民家があります。土砂崩れの心配はないのだろうか?

再び街道沿いへ戻る。土産物屋や図書館、薬局兼医院もあり、この辺りの山里にしてはかなりの水準の生活がうかがえる。もちろん学校もあり、10時近くになると、そろいの制服を着た生徒達が大勢登校していく。

Img470
街道沿いの様子、その2。ゲストハウスにお土産屋、正面に見えるのは図書館。

昼食をとりにロッジへ戻る。メニューを良く見てみると、肉類(マトン・チキン)もあり、ステーキやカツレツまであるではないか!これには驚いたが、いかんせん値段が高い。ステーキ160ルピーは、トレッカーには高価過ぎる食事だ。したがって、安いところでマトン・チョウミンにする。味付けはカレー味だ。どちらかと言えば、カグベニで食べたチョウミンのほうが、口に合うなぁ。

それにしても、この村もずい分と変わって来ているようだ。人々の服装も、ツーリストと何ら変わりがないような感じだし、このニール・ゲストハウスは冷蔵庫やグリルを持っているほどなのだから。

午後、部屋にいるといつの間にか雨。シトシトと降り続く。この先のトレッキング、午後の行動はなるべく差し控えたほうが良さそうだ。キッチンへお邪魔すると、肉を解体していて、とても忙しそうだ。やや生臭い臭いが鼻につく。ダイニングルームでネパール語の勉強を始める。言葉だけでなく、文字の読み書きも練習する。言葉ができればできるほど親しくなれるし、また旅もスムーズに進むことができる。何しろ、英語が全く通じない人だっているわけだから。

夕食は、チキン・ヌードルスープにする。小さく切ったチキンが本当に入っていて、美味しい。そしてムスタンコーヒーとおつまみにポテトチップス。今日は比較的静かな日だが、客が男ばかりというのは珍しい。彼らは夕食にステーキを注文したようで、美味しそうに食べている。それにしてもトゥルシーは本当によく働いている。また、外国人ツーリストにも慣れたのか、誰にでもニコニコしている。

この2日間ニールとはあまり話をするチャンスはなかった。というか、妙に近づきがたい雰囲気があった。もしかしたら、今回会えたのが最後になるのではなかろうか。そんな予感がする。8時過ぎには体を休めることにする。

マルファ、ニール・ゲストハウスにて

|

« 木曽・奈良井宿 | トップページ | ネパール再会の旅 31 『トゥクチェまで』 »

コメント

岩肌にしがみつくような家々、暗く見えますが、それでも図書館もあるのですね。一般の人たちは何をして暮らしているのでしょうか。興味をひかれます。


hannaさんへ

この辺りは、かつては貿易路として栄えたところで、またこの近辺に住むタカリー族は『ヒマラヤのユダヤ人』と云われるほど商売も上手だったそうです。そのような繁栄もあってか、山深い村にしてはとても先進的です。学校、図書館、医院・・・、電気も初めて訪れた84年にすでに通っていましたし、他の村とはかなり違う印象を受ける村です。『村』と言うより『都会的』な雰囲気でした。でも、街道から外れたところに住む人々は、どんな暮らしをしているのだろう・・・?訊いてみれば良かったですネ!しまったナァ・・・(^_^;;ヘヘ!

投稿: hanna | 2010年5月24日 (月) 23時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 木曽・奈良井宿 | トップページ | ネパール再会の旅 31 『トゥクチェまで』 »