« ネパール再会の旅 20 『カグベニへ』 | トップページ | ネパール再会の旅 22 『Oh!Masako Izumi!』 »

2010年5月 5日 (水)

ネパール再会の旅 21 『ジェンテンと再会』

そして2時。「ナマステ」と言ってロッジの中へ。返事は返ってくるが、姿が見当たらない。もう一度「ナマステ」と呼ぶと、キッチンから声が聞こえてくる。2年前と同じように、堂々とキッチンへお邪魔する。すると、2年前には見なかった女性がいた。「おや?」と思い、「ジェンテンいる?」と尋ねると「そこにいるわよ」と答える。壁際の椅子にいました、いました、ジェンテンが!「ナマステ!ジェンテン。俺のこと覚えてる?」と聞くと、「もちろんよ」と答えてくれた。

Img455
’92に訪れたとき、わずか1泊だけでしたが、とても親しくなったジェンテン。この写真を送ってあげてから、この2年間、何通か手紙を出し合っていました。
(詳しくは、カテゴリー『1992 アンナプルナ周遊』その15、16をご覧ください)

2年ぶりの再会、しかもヒマラヤの山深い村でのことだ。そう簡単に実現できることではない。お土産に持って行った絵葉書と風呂敷を渡すと、たいそう喜んでくれた。

昼食がまだだったので、ベジタブル・ヌードルスープ(ララ・ヌードルスープという、ネパールでもっとも人気のあるインスタントラーメンに、具として野菜を入れたもの)と、チャパティ(麦パン)、そしてブラックティー(紅茶)を注文する。ヌードルスープは、チキン風味で日本のインスタントラーメンとほとんど変わらない味だから、とても美味しい。

食べ終えた後は、ジェンテンとゆっくり話をしたり、一緒に写真を撮ったりしていた。ふと彼女が「私が大切にしているものなの」と言って持ってきた箱の中には、このロッジに泊まった旅行者からのお礼状や写真が入っていた。もちろん俺が送ったものも、大切に持ってくれていた。

Img044_2

お互い再会できた喜びが、笑顔に溢れています。行くことは知らせていなかっただけに、彼女にとっては『青天の霹靂』のような訪問だったかもしれません。それだけに、本当に喜んでくれました。

現在、彼女のご両親は隠居しており、ロッジの仕事はジェンテンと姉のラクパが任されている。それでもジェンテンが知らせに行ったようで、ご両親もニコニコと笑顔で会いに来てくれた。2人とも元気そうで、俺のことも「ネパール語が話せて、レッソム・フィリリを歌った日本人だろ!よく覚えているよ。」と話してくれた。

食堂では寒いので、キッチンで暖をとる。本来なら、客は立ち入り禁止にするところ(ホテルや旅館などの厨房へ入って行くようなもの)だろうが、全くお構いなし。受け入れるほうは、むしろ楽しんでくれる。そしてチャン(ネパールの地ビール;濁り酒)、バター茶、ポップコーンで、もてなしてくれる。宿泊客に違いはないのだが、完全に友達扱いで、ネパールでは親しくなればなるほど、兄弟のように思ってくれる風潮がある。ということは、ジェンテンは俺のことを兄のように思ってくれているのだろうか?

この日は朝が早かったので、ベッドルームで2時間ほどうたた寝をした。夕方、ジェンテンが夕食の注文を聞きに来た。ガーリックスープとエッグ・フライドライス、ムスタンコーヒー(ロキシーというネパールの焼酎のコーヒー割)をたのみ、再びキッチンへお邪魔する。釜戸のそばで暖をとりながら、夕食の準備の邪魔にならない程度に話をしていた。彼女たちは、仕事をしているときでも、いつも歌を歌いながら明るく楽しそうにふるまっている。知っている歌が出てくると、俺も一緒に歌い出す。「パンコパト・・・」や「レッソムフィリリ・・・」と。皆、大喜びだ。

Img045

キッチンで夕食の準備をするジェンテン。

|

« ネパール再会の旅 20 『カグベニへ』 | トップページ | ネパール再会の旅 22 『Oh!Masako Izumi!』 »

コメント

前よりふっくらしたかしら。でも、相変わらず日本の高校生みたいですね。おや、懐かしい釜戸がある。といっても私はかまどで料理したことあるわけではないのですが、なんだか懐かしく感じてしまいます。お風呂の炊き口以外薪も燃やしたことはないのになぜか。デジャブに等しいのですよね。
でも、練炭で煮炊きはあるのだけれど。コイルを巻いた電熱器。色々頭に連想が浮かんできました。今に彼らもこんなもの使っていたなってなるのかなあ。
ところで私のハンドルネーム最近入れる前にちゃんと入っています。これってすごいですね。


hannaさんへ

ジェンテンは当時、まだ21才だったと記憶しています。ですから、最初の写真の時はまだ19才。でも着ている服のせいか、この時の方が若く見える・・・!?
電気と水道は通っていましたが、ガスはまだなかったので、釜戸で調理していました。私も釜戸は使ったことはありませんが、それでもなぜか懐かしさを感じます。小さいころは、お風呂も薪で焚いていましたし。このロッジの屋上には、釜戸に使う薪がたくさんありました。この時からもう16年、今はどんな生活しているのでしょうね?
ハンドルネームは、コメント欄の右側にある『この情報を登録する』にチェックがあるからではないでしょうか?チェックがなかったとしても、毎回必ずコメントして頂いていますので、PCが記憶してしまったのかな?

投稿: hanna | 2010年5月 5日 (水) 22時42分

おはようございます。
5日に戻ってきました。
留守中のコメントありがとうございました。会津では桜が満開でした。
会津のお土産はぼちぼちご覧下さい。


seiboさんへ

お帰りなさい!そしてご帰宅されたばかりで、さっそくご訪問いただき、ありがとうございます。
会津ではGWに桜が満開だったのですか?!鶴ヶ城(でしたよね?)あたりが桜の名所なのでしょうか?ブログ、楽しみにしています (^_^) 。
現在、喜多方に住んでいる友人は、以前会津若松の白虎町というところに住んでいました。町名が白虎隊にちなんだ名前なのか、今だに覚えています。

投稿: seibo | 2010年5月 6日 (木) 04時58分

彼女は可愛い子ですね
この部屋は暖かそうですね
釜戸に火がくべられて鍋の乗っていて・・・
何故かほのぼのとした写真ですね
ほっとされた瞬間だった事でしょうね


あま・コスモスさんへ

外国人相手のロッジを経営しているせいか、人見知りとか物怖じしない、とても明るくてかわいい女の子でした。その後も何度か手紙を送ったりしていたんですヨ (^_^)!でも、手紙が届くまで1ヵ月ぐらいかかってるみたいです(笑)。ですから返事が届くのは、いつも2~3ヶ月後でした。
キッチンは普通『関係者以外立ち入り禁止』なのでしょうが、私は平気でお邪魔していました。釜戸があるせいか、本当に暖かく、薪が燃える匂いにどこか懐かしさを感じました。

投稿: あま・コスモス | 2010年5月 6日 (木) 12時27分

しばらく休んでおりましたが今朝から復帰しました。
休み中にコメントを戴きありがとうございます。
↑にお馴染みのかたたちが来ておられるので
びっくりしています。
考えるまでも無く、お近くのかたたちですよね。
一昨日は津島の天王川公園で藤を見てきましたよ。
記事とは関係の無い話から入りましたねえ(~_~;)
「ナマステ」を耳にしたのは米国テレビ映画「LOST」でした。
ご存知でしょうか。
今夏にいよいよエンディングとなります。
これもあまり関係無かったですねm(__)m


Saas-Feeの風さんへ

GW中、ずっとコメントを受け付けない設定になっていましたが、どこかお出かけされていたのでしょうね。ブログで紹介されるのが、楽しみです (^_^) 。
あま・コスモス様は、Saas-Feeの風様のブログのコメントで、「お近くの方では・・・?」と思い、訪問させていただき、さらにそこでseibo様もお近くの方と分かり、訪問させていただいたのです。皆様とは違うサイトで書いている私ですが、それでも快く受け入れてくださいました \(^o^)/ 。
天王川公園の藤の花、母のカラオケ仲間が「キレイだったよー」と話していたそうです。GWは混みそうで避けていたのですが、やはり見に行ってみなければ!

投稿: Saas-Feeの風 | 2010年5月 6日 (木) 21時20分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ネパール再会の旅 20 『カグベニへ』 | トップページ | ネパール再会の旅 22 『Oh!Masako Izumi!』 »