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2010年1月10日 (日)

アンナプルナ周遊トレッキング その13

皆の気遣い

 まだ夜も明けぬ4時。ヘッドランプを点け、凍てつく寒さの中をスタート。標高差700mの登り、先頭を行くパサンはゆっくり進む。そして時々立ち止まっては、列が離れていないか確認している。俺のヘッドランプは冷たい外気にさらされ、バッテリーが弱くなってきた。ここでは、ヘッドランプより普通の懐中電灯の方が役に立つようだ。

やがて夜が明け、気温はやや低下。アイスバーンの道もあり、風もやや出てきた。完全武装していても、寒い。あまりの寒さに誰もが黙々と歩き続ける。立ったまま少しだけ休む時に、すぐ後ろを歩くおじさんとノルウェーの女の子たちと話をするぐらいだ。雪こそあまり積もっていないものの、映画『八甲田山』をふと思い出した。あの映画ほど、切羽詰まった深刻な状況ではないが。それでも俺たちは、先頭を歩くパサンに、ただひたすらついて歩くだけ。

7時40分、ついにトロンパスへ到達。高山病も完全にシャットアウトして、無事5416mの峠へ。皆、安堵の表情を浮かべ、互いの健闘を笑顔で喜びあった。

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トロンパス(5416m)にて。この時間でも、すでに風は強かったです。衣類が風で膨らんでいます。バックの山々は、ダウラギリ山群。

ここを下れば、かつて(1984年)の最終目的地、聖地・ムクチナートだ。7年半ぶりの聖地巡礼。わずか10分ほどで下り始める。ここまで俺を『仲間の一人』として引っ張って来てくれたガイドたちが、「ジン、もう自分のペースで行っていいよ。ここからは皆もそうするから」と言い、皆にいったん別れを告げ、俺は俺のペースで行くことにする。

初めは順調だったが、長くきつい下り坂に、左膝が痛みだす。何しろムクチナートまでは、標高差約1700m!さらに、激しい腹痛に襲われ、ペースが極端に落ちる。岩陰でしゃがみこんでもダメ。便秘?何とかフェディまで下る。薬を飲み3~40分休憩するも治まらず。ここで追いついたラジとアメリカ人の3人は、俺がもうとっくにムクチナートへ向かっただろうと思っていたようで、まだそこにいたことに驚き、そして心配してくれた。ムクチナートはもう見えている。あと1時間ほどの距離だ。俺は彼らに「大丈夫だから」と言って、彼らを見送り、そして再び歩き出した。

激痛に時々座り込みながらも、ゆっくり歩を進める。本当に苦しい。一歩一歩の足の動きが腹の痛みに振動し、ますますペースは鈍る。少し歩いては休み、また歩く。ノルウェーの女の子たちが俺に追いつき、やはり驚いていた。俺の苦しそうな様子を見て、「ムクチナートへ着いたら、誰か人を呼ぼうか?」と心配してくれた。しかし、あと30分もかかるかどうかのところまで来ている。「いや、大丈夫!もう少しだから一人で行けるよ」と答え、彼女たちにも先を促せた。が、少し行っては俺の方を心配そうな目で振り返る。「大丈夫、大丈夫!先に行っていいから」、そう話す。皆に迷惑かけたくなかった。

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ノルウェーの女の子たちを見送った場所から。ムクチナートの村はもう見えています。

とにかくあと少し、何とか1人で頑張る。山道を下りきり、もう平坦な道だけで、ムクチナートは、もうすぐそこだ。目前まで下りてきた。「ここまで来れば、もう大丈夫。まだ2時にもなってないし・・・」と安心したのか、岩にもたれかかって座り込んでしまった。腹を押さえながら、うずくまっていた。と、そのとき・・・、
「Hey Jin!What’s happen?」と言う声。インドネシアのおじさんだ。状態を説明すると、おじさんはガイドのパサンと相談し、おじさんの指示でポーターに持たせていた荷物を自分で背負い、ポーターにパサンの荷物を背負わせ、そしてパサンは残って俺に付き添ってくれた。彼はおじさんにこの日のロッジを教え先に行ってもらい、もうしばらく休んだ後、俺の荷物をパサンは背負い、肩を貸して歩いてくれた。
やっと、ムクチナートだ。フェディから2時間、トロンフェディからは10時間もかかった。普通の状態ならば、もっと速いはずなのだが。

ロッジに着いて、部屋はダイニングルーム前のツイン(シングルはない)に。そしてすぐにトイレへ。下痢だ。小便は黄色どころか橙色をしている。下腹部に力を入れ、気張るだけ気張り、その後もう一度薬を飲んで夕方まで体を横にする。

2~3時間休んでいると、痛みも治まり元気になった。ベッドルームを出てダイニングルームへ行くと、おじさんとパサンがいた。「ジン、大丈夫か?」というおじさんの声に、笑顔で応える。そしてお礼を言う。今日おじさんとパサンには、2度も助けられた。真っ暗闇の中の出発、そして激しい腹痛・・・、おじさんがいなかったら俺は無事に峠を越え、この地にたどりつくことができただろうか?

このムクチナートのロッジはツインが10ルピーと安い。電気もあるし、驚いたことに、なんと”掘りごたつ”がある。しばらくおじさんたちと談笑していると、アメリカ人グループのガイドのラジが「ジン!なぁんだ、ここにいたのか?!」と言って、やって来た。彼はあちこちのロッジで俺を捜していたらしい。「みんな、あなたのことを心配して捜しているんだよ。みんなに『ここにいる』って教えてくるよ」と言って出て行くと、他のロッジに泊まっているノルウェーの女の子たちやアメリカの3人グループがすぐに会いに来てくれた。彼らは、「もし、ジンがムクチナートの、どのロッジにもいなかったら、フェディまでの道を戻り捜しに行こう」と話していたそうだ。「ごめん、ごめん。ありがとう、もうこの通り、元気だよ」と応えた。みんな、本当に心配してくれたんだな!本当にありがとう!もう大丈夫だよ!!

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ムクチナートのロッジの掘りごたつの前で。左端がパサン、右端がインドネシアのおじさん。彼らには本当にお世話になりました。このトレッキングでは、感謝しきれないほど親切に接してくださいました。

夕食は、ガーリックスープにライス。胃腸の調子が悪い時は、こういうものが良いらしい。食後、パサンとムスタンコーヒーを飲み交わす。彼はおじさんのガイドであって、決して俺のガイドではないのに、俺が少々ネパール語を話し、チャンやムスタンコーヒーを好むせいか、すごく仲良くなれた。おじさんも同じ一人旅。顔つきからしても、お互い同じアジアの民族だからであろうか?

ムクチナート、ラリグラスロッジにて

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コメント

よかったですね、皆さんと知り合っていたおかげで助かりましたね。それにしても、皆さんとても親切、互いに助けたり助けられたり、いいですね。


hannaさんへ

ホントみんないい人たちでした。インドネシアのおじさんには、お世話になりっぱなし!アメリカ人グループも、いつも声かけてくれましたし、ノルウェーの女の子たちもとても仲良くしてくれました。己の2本の足だけで歩く旅、それがトレッキング。だからこそ、お互い声かけ励ましあったり、助け合ったり、共に笑い合ったりするのでしょう。こういう出会いがあるからこそ、また次の旅へと出てしまう私です。「次はどんな素敵な人と出会えるのかな?」と。

投稿: hanna | 2010年1月10日 (日) 23時30分

無事に帰れてよかったですね~ ホッとしました
でも いわゆる遭難も 大丈夫と思いつついつの間にか
のっぴきならない方向に進んでいくのでしょうね~
無事とアウトは紙一重のこともあるのでしょう・・・

それにしても5500mあたりまで行かれるとはすごいことです。
TVで 高山では寝てはいけない、 深呼吸を繰り返し
一晩中 意識的に酸素を送らねば、と言ってましたが、、、
ジンさんこれからも気をつけて山登りしてくださいね


bellaさんへ

このコース上最大の難所、そこを越えたと思ったら、この有様!でもホント、みんなのお陰で無事たどり着くことができました。トレッキングとはいえ、やはり無茶な事をすれば遭難しないとも限りません。これ以前の若いころの経験もありましたし、さすがに冷静に落ち付いていました。
4000mどころか5000m以上の峠越え、日本では絶対に体験できない高さ!私なりに、ひそかに『勲章』だと思っています。頸椎ヘルニアを患い、右半身に力が入らなくなった今、山から離れています。それでも「いつかもう一度・・・」と思い、脚は常に衰えないよう鍛え続けています。

投稿: bella | 2010年1月12日 (火) 22時34分

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