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2010年1月16日 (土)

アンナプルナ周遊トレッキング その16

ありがとうカグベニ、そしてジェンテン

4月28日(火)晴れ
カグベニ8:35(徒歩)9:15エクレバッティ9:20(徒歩)11:20ジョモソム

 7時15分起床。朝食はポリジにミルクコーヒー。支払いをすると、昨夕頂いたチャンは分かるが、何とベッドルーム代をサービスしてくれた。2回目だからかな。ありがとう。
お礼にロッジの娘さん・ジェンテンさんの写真を撮らせていただく。ジェンテンさんに写真を送ることを約束し、ネパール語で「タパインコ ナム ラ テガナ ヨ レキ ディノス (あなたの名前と住所をここに書いてください)」と話し、「日本から送るから1~2ヵ月後になると思います」と伝え、後ろ髪引かれる思いで、カグベニをスタート。

Img455 ジェンテンさん。膝の上の子は親戚の子供だそうです。彼女は当時まだ19才でした。左の子は親戚の子で”ニロ”という名前だそうです。

カグベニを出てカリガンダキ川の河原を南下。石がゴロゴロし足場が悪い。谷間のせいか風が強く、帽子が飛ばされそうだ。この辺りの山肌、岩肌の自然にできた模様は、実に不思議だ。太古の昔、海底であったというこの辺りは、インド大陸とユーラシア大陸との衝突により、海底が押し上げられ山脈は隆起し、偉大なヒマラヤ山脈が形成されたという。この辺りが海底であった証拠が、アンモナイトの化石である。現地の人々はそれを「神様」として祀るという。
エクレバッティで小休止。皆には「この日の予定はマルファです」と話したのだが、体の疲れ、膝の痛みを考え、ジョモソムまでにしよう。カグベニからは約3時間の行程だ。

Img457 エクレバッティにて。こんな道を歩かなければなりません。

エクレバッティを出ると、ニルギリ北峰(7061m)を仰ぎ見ながら、さらにダウラギリ(8168m)も見えてくる。ジョモソムの村がカリガンダキ川の先に見えてきた。村は見えているのに、なかなかたどり着かない。

Img458 カリガンダキ川を行く隊商。後方の山は、ニルギリ北峰。

Img459

彼方にジョモソムの村が見えてきました。ダウラギリも見えます。

カグベニよりおよそ3時間で大きな村、というより町かな、ジョモソムに到着。中心部から飛行場のある方へと向かい、宿を決める。小ぎれいなロッジだ。ダブル(シングルはなかった)40ルピーと高いが、1人なんだしプライベートを保ちたい。
思い起こせば、初めてネパールを訪れたとき、アンナプルナ・ベースキャンプを経てムクチナートまでトレッキングし、帰路はこのジョモソムから飛行機で約20分、空の旅を楽しみポカラへと帰ったものだ。

昼食は、ガーリックスープにヤクステーキで50ルピー。「やっと肉が食べられる」と思ったが、出て来たものは塊のステーキではなくぶつ切りの普通の焼き肉。ちゃんとしたステーキを期待したのだが・・・、期待する方が間違ってるか。それでも肉が食べられたのだから「よし」としよう。

午後はチャーメ以来8日ぶりのシャワー。シャツやズボンも洗濯。風があるから乾くと思うが・・・。そして体を休め、街をぶらつく。

夕食は、エッグ・スプリングロールとヤクミート、ベジタブル・ヌードルスープ。デザートにカスタードプディン。さらにチャンも飲む。ずいぶん浪費しそうだ。
今日の宿泊客は、俺一人。のんびり気楽に過ごせた。8時過ぎには眠るとしよう。

ジョモソム、エヴェレストロッジにて

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コメント

娘さん日本人と違いませんね。ふっくらと可愛い19歳ですね。後ろの真っ白な峰が日本と違うスケールの大きさを感じさせています。でも何だか茫漠として寂しいです。生と死を見つめながら歩く感じですね。


hannaさんへ

この辺りに住む人々は、もともとチベット系民族ですから、日本人と似たような顔つきをしています。この時の約束通り帰国後、日本から、写真と日本の絵葉書を添えて送りました。誰からなのか分からないといけないので、私の写真も1枚同封しておきました。無事届いたようで、彼女から返事もいただきました。「あなたのことはとても良く覚えています。すぐに分かりました。」と書かれてありました。日本からカグベニへ手紙が届くまで、3週間ほどかかったようです。一抹の不安はあったものの、お互いに手紙が無事届いて、ホッ!としました。彼女、ジェンテンとはその後も数年、文通をしていました。すでに結婚し、御主人と共に新たにロッジを経営しているそうです。
カリガンダキ川の上流に当たるこの付近は、確かに茫漠とした荒野のような景色が広がっています。日本では決して見られない風景です。だからこそ、心惹かれるのでしょう。ネパールへは3度訪れ、3度ともこの地を歩いたのですから!

投稿: hanna | 2010年1月16日 (土) 23時30分

ご無沙汰しておりましたが、今朝から復帰しました。
雪で覆われた高い山、そして近場の荒野(と云って好いのかなあ)とのアンバランスというのか、コントラストというのか・・
少し不思議な光景に思えました。

7000m、8000m・・想像できない標高です。
荒野が海底だったころには海上に突出していた島だったのか
それとも同じ海底だったのか・・
地球の創生期からどれほど時間が経過した頃の隆起だったのでしょうね。
このような研究をなさっている人たちはロマンチストなんだろうなと思いますよ。


Saas-Feeの風さんへ

7~8000m級のヒマラヤも、かつてはヨーロッパ・アルプスと同じような高さだったと聞いたことがあります。この辺りで3000m弱、太古の昔は海底だったのですから、ヒマラヤも大昔は3~4000mぐらいだったのかもしれませんネ。想像さえつかない長い年月を経て、このような姿になったのでしょう。ジョモソムからカグベニ、ムクチナートへ至る道で見られる風景は、一種独特の雰囲気があります。エヴェレスト街道とは違った魅力がこちらにはあります。その魅力に引き付けられ、この2年後、またこの地を歩いた私です (^_^;; 。
それにしても、ここが海底だったころ、この辺りは一体どんな地形だったのでしょうネ。アンナプルナやダウラギリは、どんな姿だったのでしょう?不思議です。

投稿: Saas-Feeの風 | 2010年1月17日 (日) 15時02分

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