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2010年1月14日 (木)

アンナプルナ周遊トレッキング その15

カグベニでの楽しいひととき

 かつて泊まったロッジを捜すが、名前を覚えていない。村の様子や景色で捜してみたが、やはりどこであったか全く分からない。仕方なく、道中の大きな石にペイントで宣伝していた「ニュー・アンナプルナ・ロッジ」というところへ。

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ニューアンナプルナロッジの外観。

中へ入って驚いた!2階客室への階段、屋上テラスへの出口、カギ形に配置されているベッドルーム・・・、7年半前(’84年秋)に泊まったロッジだ!!思わず声高に叫んでしまった。「同じロッジだ!」と。

ベッドルームや廊下を掃除していた娘さんがベッドルームへと案内し、彼女に「7年半前に、ここへ泊まったことがあるよ」と言うと、たいそう驚いていた。「本当なの?」と。俺は「本当だよ。ほら、あそこにある黒いカーテンを出ると、テラスになっていて、カリガンダキ川がローマンタンの方へ流れているのが見えるでしょ?」と、7年半前の記憶を話した。娘さんは「イエス」と言い、それが事実であるだけに、俺が以前にもこのロッジへ来たことがあるということを、直ちに信用し喜んでくれた。そして「でも、ごめんなさい!私はそのころ、まだ小さかったから、あなたのこと覚えていないの」と、話した。そりゃ無理もない。7年半前、ほんの一泊しただけの俺を、覚えているはずがない。

ベッドルームにはベッドシーツも枕カバーも備えてある。今までのところにはなかったことだ。このことも話すと、彼女はややはにかみながらも自慢げに「イエス」と答えた。ダイニングルームも、各テーブルにテーブルクロスをかけ花を飾り、電気も灯りシャワーも完備している。7年半の歳月は、村もロッジも大きく変える。

昼食前に、娘さんとしばらく話をする。彼女に、「カンニ(仏塔門)や郵便局は、以前来た時はなかったよ」と話すと、彼女も「えぇ、その頃はなかったワ!」とうなづき、さらに「電気は、いつ通ったの?」と尋ねると、「2年ぐらい前かしら・・・」と話していた。

昼食は、ベジ・フライドライスにする。しばらくすると、アメリカ人グループもここへ。そして、ノルウェーの女の子たちも。彼女たちは、ロッジに入って来るやいなや俺を見つけ、「ジン!」と言って俺のテーブルへと駆け寄り、相席して昼食を共にした。彼女たちにはずいぶん信頼されているみたいだ。俺としても、まんざらではない。こんな可愛い女の子たちに信頼され親しくしてもらって、嬉しいに決まっている。彼女たちもここへ泊まろうとしたのだが、あいにくすでに満室になってしまったため、泊まることはできなかった。

一休みした後、村の中を散策。まるで『迷路』のようだ。カリガンダキ川のほとりでアンモナイトの化石を探すが、なかなか見つからない。あきらめて帰る途中のガレ場で、あまり良質ではないが、アンモナイトのかけらを拾った。それだけでも満足だ。夕方、ロッジへ戻りアメリカ人グループやガイドにそう言って見せると、皆信じられないように、「ラッキーじゃないか!」と言っていた。

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カリガンダキ川の上流を望む。この先はムスタン王国(半独立の特別自治国)、さらにチベット・・・。

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カグベニの村にて。石を平ぺったく削り積み上げたのでしょうか・・・。

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石門をくぐると・・・、このようになっていました。ここにも、人々の暮らしがあるようです。

夕食までの時間を「ナマステ!オォ、ダイニングルーム ジャロツァ タラ ヤハン デレィ ガラミツァ (こんにちは!おぉ、ダイニングルームは寒いけど、ここはとても暖かいねぇ)」と、ネパール語で言いながらキッチンへお邪魔すると、すぐに椅子を用意して、「ストゥンノス(お座りなさい)」と勧めてくれた。英語とネパール語、そしてボディランゲージを交えながら、ロッジの人たちと言葉を交わす。ロッジのオーナーの「タパイィ ジャパニ? (あなたは日本人?)」に始まり、色々な質問をされる。日本での職業と給料、年齢、結婚しているのか・・・etc。でもさすがに、これらの質問にもそろそろ慣れてきた。いつも訊かれるからなぁ!
ラジオから『レッソン・フィリリ』の歌が流れ、娘さんがそれに合わせ、陽気に歌っている。俺も同調し一緒に合わせて歌うと、皆ビックリしている。ロッジのオヤジさんは、俺が『レッソン・フィリリ』を歌ったことが嬉しくて仕方がないようで、チャン(ネパール風ビール)をご馳走してくれた。そのお礼に『パンコ・パト』を歌うと、みな大喜びだ。ロッジのお母さんは「日本人が”パンコ・パト”歌ってる」と笑顔で話しているし、オヤジさんは、さらにチャンを勧める。アメリカ人グループのガイドのラジも「なぁんだ、ここにいたのか?」と言って、会話に加わる。こうして、楽しく愉快に時を過ごす。

時間もずい分過ぎて、「マ カナ カナ マンラギョ (私はご飯が食べたい;腹減った―!)」とネパール語で言うと、ロッジの人たちは皆、大爆笑!まさか、ネパール語でそう言うとは思ってもいなかったのだろう。お母さんは、もう笑いが止まらない!娘さんは「今ちょうど作っているところだから、もう少し待ってて・・・。」と、笑いながら答える。

この日の夕食は、ダルバート。アップルワインも飲んだのだが、これはキツイ!チャンもずい分飲ませて頂いて、最高の気分で、床に就く。

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ダルバートとアップルワインでディナー!ヘヘッ!嬉しそうでしょ?

カグベニ、ニューアンナプルナロッジにて

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コメント

楽しそうですね。みんな集まってきて。
英国の湖水地方も引退した海賊が住んだのだそうですが、このように平な石を積んだ家がたくさんありましたよ。材料次第で人間ってうまく考えるんですね。


hannaさんへ

ここは、かつて(’84秋)歩いたコース。偶然にも同じロッジに泊まり、気分は最高でした。ロッジの人たちとのコミュニケーション、すっごく楽しかったことを今でもはっきりと覚えています。
ネパールでは、石を薄く平らに削り積み上げたり、屋根(日本でいえば’瓦’)にしたりしています。伝統的な技法のようです。遠く離れたイギリスにも、似たような家があるというのは、とても興味深いですネ!万国共通の人間の叡智!ともいえますネ!

投稿: hanna | 2010年1月14日 (木) 23時49分

以前と同じ宿に入って、ご満悦、楽しい楽しいジンさんのお気持が 手に取るように伝わりました。 電気が2年前とは、彼らにしたら大革命ですね~
マ カナ カナ マンラギョ の中で カナ、カナが2回出ていますが、それぞれ違う単語ですか~

収入の額まで聞くのは 失礼だとかいう問題ではなく、 社会的・文化的・経済圏的 違いから発せられる素朴な疑問なのでしょうね。

ジンさんの収入はお聞きしませんが、どんな風にお答えになるのか、彼らの反応は、など知りたいところです。    ただし、きっと彼らには 曖昧にお答えになったとは思いますが・・


bellaさんへ

偶然とはいえ、やはり嬉しかったです。再びこの地を訪れることができただけでなく、同じロッジでしたから、テンションも上がります (^_^)/。
マ カナ カナ・・・の最初のカナは、『ご飯』という意味の名詞、次のカナは『食べる』という意味の動詞カヌがあとに続くラギヨーに合わせて変化した形だと思います。ネパール語は現地で買ったフレーズブックで、使えそうな、覚えておくと便利な言葉とフレーズだけを実践して覚えただけなので、文法については???なのです。それでも現地の人たちと会話する中で、例えば「(語尾を上げて)カニ?」と訊かれたら「食べる?」、「カノス」は「食べてください;召し上がれ」、「カエコ」は「食べた」という意味になることを覚えました。特に「~ノス」は「(~して)下さい」、これはよく使いました。実践で学んだ言葉だけに、今でも覚えています。
収入については、その頃の同年代の人たちの平均的な額を話しました。彼らは「そんなに稼げるのか?」と驚きますが、同時に日本の物価の高さ、例えば紅茶1杯の値段を話すと、それ以上に驚き、我々がもらうサラリーにも納得されました。「たくさん稼ぐことができても、物価が高いから、大変だよ!」と、ネパールの人によく話しました。

投稿: bella | 2010年1月19日 (火) 10時59分

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