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2009年10月12日 (月)

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)

『高天原を追われた須佐之男命(スサノオノミコト)は、出雲の国肥河(ひのかわ;現在の斐伊川)の上流、鳥髪というところに降り立ちました。そこへ箸が流れて来て、上流に人家があるのだろうとしばらく行くと、老夫婦がいた。真ん中に少女を置いて泣いている。

「お前たちは誰だ」と須佐之男命が問うと、
「私はこの国の神、大山津見の神の子で足名椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)と申します。」と答えました。
「なぜ泣いている」
「私の娘は八人おりましたが、八岐大蛇が毎年やって来て食べてしまい、今年もその時期が来て最後に残ったこの子も食べられてしまうのかと、泣いていたのです。」
「どんな姿の大蛇なのだ」
「頭が八つ、尾が八つ、その目は真っ赤で胴体には苔がむして、さらに桧や杉が生えている化け物でございます。長さは八つの谷、八つの峰をまたがるほどで、その腹はいつも血が滲み出ています。」
「よし、俺が退治してやろう。その前にその娘を俺にくれないか。必ずや娘を大蛇から守ってやる」
「いったいあなた様はどなた様ですか」
「俺は天照大神の弟、須佐之男命というものだ。今、高天原から降りてきたところだ」
「それは恐れ多い事でございます。娘を差し上げましょう」

須佐之男命の指示で八塩折(やしおおり)の酒がつくられ、垣をめぐらし八つの門を作り、門になみなみ注いだ酒桶を置き、八岐大蛇が来るのを待ちました。須佐之男命は櫛名田比売の姿を爪櫛(つまぐし)に変え角髪(みずら)に挿しました。

そして八岐大蛇が、足名椎が話した通りの姿でやって来ました。大蛇の八つの頭は八つの酒桶の酒を飲み、酔っ払って寝込んでしまいました。
須佐之男命は腰の長剣を抜いて、大蛇をズタズタに切り裂きました。すると、大蛇の体の中から鋭い剣が現れました。その剣を須佐之男命は、天照大神に献上いたしました。これがのちの草薙の剣です。

須佐之男命は、櫛名田比売と新たな宮殿を建てるため、出雲の国の須賀を訪ねました。
「俺はここへ来て、心がすがすがしくなった」と話し、この地に宮殿を作ろうとすると、雲が立ち上りました。そして須佐之男命は、歌いました。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

そして、足名椎をその宮殿の長官に任じました。』 *古事記より引用・要約

 この話も「古事記」の中では、よく知られている有名な話です。須佐之男命のヤマタノオロチ退治です。揖屋神社でお世話になったご婦人に教えていただいた「出雲国分寺跡」、「神魂(かもす)神社」を訪ねたのち、この伝説が残る「八重垣神社」へと向かいました。

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松江市に残る「出雲国分寺跡」。

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古代日本の中心地だったのでしょう。

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神魂神社(松江市)歴史を感じさせる造りです。

八重垣神社境内へ入ると、立派な本殿が見えました。由緒正しき神社、という雰囲気・風格です。由来記には、ここが須佐之男命と稲田姫(櫛名田媛)と結ばれたことから、「縁結び」にも御利益があるような内容が書かれていました。

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八重垣神社へ到着しました。お参りしてきます。

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「國家重要文化財本殿壁画」があるようです。どんなものでしょう?

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この由来記にも「八岐大蛇退治」について書かれています。

境内にある「鏡池」では、占いもできます。10cm四方ぐらいの紙の中心に小さな穴が二つ開いています。その間に五円(ご縁)玉を載せ、池に浮かべ縁を占います。15分以内に沈むと、早いうちに良縁に恵まれ、沈んだところが近ければ、近くの人と結ばれる、と云われています。せっかくなので、私も占ってみました。すると・・・、7~8分後、池のほぼ中央で沈みました。ということは・・・?、ということか・・・!

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鏡池。占いの結果とは裏腹に、今だ独身の私です。何故でしょう・・・?

境内の奥の森は、杉林になっています。地面から出ている杉の木の樹根が、まるで大蛇のように見えます。

次はいよいよ、出雲大社へと向かいます。

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コメント

あの天照大神を悩ませた暴れん坊の須佐之男命がなぜか理想的な英雄になっていくのは面白いですね。それにしても森羅万象を神として具象化してしまう古代の発想は楽しいですね。


hannaさんへ

この八岐大蛇の伝説がなければ、暴れん坊だけの神で終わっていたかもしれませんネ!同じ兄弟姉妹の、夜の世界を治める「月読命」の話は、ほとんどありませんから。これも不思議です。
古代の日本の人々の想像力、感性の豊かさ・素晴らしさ、すべて「古事記」に集約されているように思います。あり得ない話と分かっていても、つい惹かれてしまう、そんな魅力に溢れています。

投稿: hanna | 2009年10月12日 (月) 22時58分

こんばんは~
大佐まで行かれたとは随分遠かったでしょうね~
島根県は一回通っただけで降りた記憶がないですね、出雲大社は何故かしら寄ってみたいとは思うのですけど(蕎麦があるから)

大山にも色々遺跡等の名所が沢山あり、きっと慕辺未行様がお好きだろうと思いつつ、ぴゅーんと通り過ぎてしまいました。そのまま寄っていたらまた日が暮れてしまったのですね。


青龍○段さんへ

あの時は、名阪道から近畿道・中国道と5時間ノンストップで大佐まで走りました。翌朝、新見~米子間の明地峠というところで眼下に雲海を見、峠を下り始めると雲の中、下りきると空はどんよりとして峠の天気と大違い!そりゃそうですよねー!陽が高くなるにつれ、天気も回復したのは幸いでした。
青龍さん、ご実家が鳥取でしたよね?もし帰省されるときにでも、このようなところにお立ち寄りしてみると、意外な発見があって面白いかと思います。

投稿: 青龍○段 | 2009年10月12日 (月) 23時05分

先日はお立ち寄りくださいましてありがとうございました。
直ぐにお伺いするつもりが、
外出の連続のためにパソコンの前に落ち着くことができなくて
結局、今朝になってしまいました。

須佐之男命と八岐大蛇のお話しは、子どもの頃に日本神話
(古事記物語)で何度も読んでいました。
松江には学生時代の山陰旅行の折に
城を訪ねた程度で詳しく知ることがありません。

神無月には神が集まる神有月になる日本のふるさとを
今度はゆっくりと歩きたいと思っています。


Saas-Feeの風さんへ

こちらこそ、お立ち寄りくださり心から嬉しく思います。青龍○段さんとhannaさんのブログのコメントでお見かけしましたので、つい私も立ち寄らせていただいた次第であります。時間があるときに、他の記事、たとえばスイス、京都などもぜひ拝見したいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。m(u_u)m

投稿: Saas-Feeの風 | 2009年10月13日 (火) 11時29分

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