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2009年10月20日 (火)

写真で振り返る「エヴェレスト街道」 その4

トレッキング8日目。いよいよシェルパ族の故郷・ナムチェ村へ向かいます。この日1日頑張れば、明日は休養日です。

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3/13(金)、トレッキングの街道沿いに架かる橋です。何とも心もとない橋です。

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ここから「サガルマータ国立公園」内へ入ります。「サガルマータ」とはネパール語で「母なる山」、つまり「エヴェレスト」を意味します。

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ジョルサレ村のバッティ(茶店)で、ここからの急な登りの前に皆でティータイム。左手前から、私・イングリッド(カナダ)・ラジン(私のガイド)、右手前から、アンジュラ・エルマー夫妻(ドイツ)・ポーター。

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ナムチェ村までの急坂を、それぞれマイペースで登り切りました。村の入り口で皆で落ち合い、ナムチェ村へと入りました。標高は3446m。明日はこの大きな村でのんびり過ごします。

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コメント

うわ~。私だったら1年中高山病になりそうな所で暮らしているのですね。すごいなあ。ごつごつした山肌にしがみつくような暮らし。それでも人は生きているのですね。強いものだけが生き残れる、そんな厳しさがきっとあるのですよ。


hannaさんへ

生まれつきこの地域に住んでいますから、彼らにとってはどうってこともないのでしょうね。さすが「山の民・シェルパ族」です。私は4000mまでは平気でした。現在はこの村(街?)にもベーカリーができ、欧米からの旅行者たちには特に人気のようです。ヒマラヤの奥深い村も、日々、日進月歩進んでいるようです。と同時に、本来のシェルパとしての仕事をする人が減り、今ではそれらの仕事に従事する人々のほとんどは、他の寒村地域からの「出稼ぎ」の方たちのようです。

投稿: hanna | 2009年10月21日 (水) 00時14分

こんにちは~
ふふっ懐かしく見える顔があり、トレッキング中も元気な様子がうかがえます。これがあったからこそドイツ行き、そしてアンジュラ・エルマー夫妻とも懇意になれたのですからね。とても良かったと思います。

hanna様(慕辺未行様へ)
昨日は滋賀県武奈ヶ岳へ登ってきました、紅葉には少し早かったですがよい山歩きでした。大山記事が終わってから順に載せます。先に「いかちゃん」「ma_kun」「熊取のおっちゃん」が早々に載せていますのでそちらをご覧下さい。


青龍○段さんへ

元気そうに見えますが、膝の痛みはなかなか消えず、ナムチェでは小さな診療所に行ったほどです。しかし、本当の勝負はここからですから!夢の実現のためには、それなりの代償、リスクが伴うものですネ。エルマー・アンジュラとは、この時以来のお付き合い。本当に素敵な人たちに出会うことができました。彼らとお会いしていなければ、ドイツへ行っていなかったかも・・・?ましてや、母をも連れて行ったのですから、素晴らしい出会いでした。
武奈ヶ岳への登山、お疲れ様でした。時間がありましたら、アラ還世代(?)の方々のブログへお邪魔してみます。

投稿: 青龍○段 | 2009年10月21日 (水) 17時27分

滅多に目にすることの無い山岳国の様子を興味深く拝見しています。
地肌は火山灰のように見えるのですが実際にはそうではないのでしょうね。
さすがに緑が見られませんね。

建屋の外観も珍しくて近写も拝見したいと思いました。


Saas-Feeの風さんへ

十数年も前の日記ですが、楽しんでいただけたら光栄です。TVのドキュメンタリー番組や、最近ネパールを旅された方のブログなどによると、このころとは、ずいぶん変化しているようです。地球温暖化による氷河の減少や氷河湖決壊の恐れ・・・、とても心配になります。
火山灰のように見える地肌、おっしゃる通り火山灰ではありません。緑も少ないですが、それでも低山(といっても4~5000mはありそう?)には、ヒマラヤスギが生い茂っています。ひところ森林伐採が問題になっていましたが、今はどうなっているのか気になります。

投稿: Saas-Feeの風 | 2009年10月22日 (木) 21時20分

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