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2009年9月29日 (火)

ゴビンダ君宅へ

2月24日(月)

 わずか1泊で、かつて慣れ親しんだストーン・ハウス・ロッジを脱出し、マナスル・ゲストハウスに戻る。居心地・良。泊まり勤務を終え、夕方まで自宅にいるというゴビンダ君に「あなたも一緒に来ますか?」と誘われ、彼の家へ遊びに行くことにする。彼の自宅は、ゲストハウスから歩いて10~15分ほど。

彼の自宅へ着くと、ご家族の人たちは「誰?」というような顔つきだ。俺は覚えたばかりのネパール語で自己紹介した。

「ナマステ!マ・ジャパン・バーター・アーエン。メロ・ナム・○○・ホー(こんにちは!私は日本から来ました。名前は○○です)」
*ネパール語の語順は、日本語と同じです。単語さえ覚えれば、語尾変化が多少間違っていても、割と通じます。

このネパール語での挨拶が功を奏したようで、一瞬硬くなった雰囲気が、すぐに和らいだ。覚えたてのネパール語(ゴビンダ君に教えてもらったり、ガイドブックなどで覚えた)とアンチョコを使って、片言でもネパール語を話そうと心掛け、その結果、皆の笑いを誘い、気がつくと、もうそこにいる家族の一人一人の中に溶け込んでいた。

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ゴビンダ君の兄(ラビンダ)と弟(サビンダ)。ネパールの代表的なお土産の一つ、ライスペーパーのカレンダーにポスターカラーで色を塗っています。

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ゴビンダ君の父(ラム)、妹(ルビナ)、従姉妹(マカナニ)。女の子は2人とも美少女!でした。

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ゴビンダ君の弟、サビンダ君。なかなかの美男子。ペットのヤギにミルクを与えています。

そしてダルバート(ネパールの一般的な食事)をご馳走になる。タルカリ(野菜)はカレー味で炒めてあるようで、ちょっぴり辛い。ゴビンダが「”ピロ(辛い)”と言ってください」と耳打ちするので、そう言うと皆、大爆笑!

せっかくカメラを持って行っていたので、何枚か写真を撮らせていただいた。ゴビンダのリクエストもあって、ご両親や祖父母だけの写真も撮ってあげた。この国ではカメラは、まだまだ贅沢品。滅多に写真を撮る機会がないようだ。俺にとっても、彼らご家族にとっても、お互いに良い思い出・記念になるだろう。それにしても、もはやこれほど歓迎される事が起ろうとは思ってもいなかった。

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ゴビンダ君の自宅からは、スワヤンブーナートを眺めることができます。

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ゴビンダ君一家と。前列左から、ゴビンダの兄、弟、私。中列左から、ゴビンダ、従兄弟(ナンチュリ)、従姉妹、妹、祖母(ナウニマヤ)。後列左から、伯母(スレッシュ)、祖父(ナラヤン)、父、母(ビシュヌ)。

マナスル・ゲストハウスでも、他の宿泊客と親しくなった。特にアレックス、サムエルの2人のジャマイカン。アレックスは、ジャマイカのボクシング・アマチュア・ゴールドメダリストに輝いたそうだ。確かに彼の胸板は、服の上から見てもスゴイ!彼らは一見「強面(こわもて)」だが、黒人特有のいたって陽気で明るい性格。さすが、レゲェ発祥の国ジャマイカ!愉快な仲間だ。

そしてゴビンダやパブラム(彼もレセプション係)は、ネパール語を少しでも多く覚えようと、勉強に熱心な俺に、「マルシャンディ・シャララ」という、とても有名なネパールの歌を教えてくれた。何ともアットホームなムードである。

Mar Shyang Di Sha La La (マルシャンディ・シャララ)

Pan ko Pat Maya Timilai sam Than Chhu

Din ko Rat Mar Shyang Di Sha La La ...

カトマンドゥ、マナスル・ゲストハウスにて

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コメント

ゴビンダ、サビンダ、ラビンダ、か。日本語だと一男さん、次男さん、三男さんみたい。なんか面白いけれど皆さん彫が深くて美男、美女ですね。親戚一同集まっての記念撮影。この方たち一緒に住んでいるのですか。近所から集まってきたのかしら。フレンドリーですね。


hannaさんへ

本来の意味は知らないのですが、もしかしたらそうかも・・・?ゴビンダは二男ですが、同じゴビンダという名前の男の子にその後2人会いました。
ネパールは小さな国(面積は北海道ぐらい)ながら、多民族国家です。彼らはその中枢を担うネワールという民族です。もともとこの地域に住んでいた人々です。ですから、インド系のようで微妙に違う、チベット系のようでやはり微妙に違います。でも本当に、美男・美女が多いです。
この日はたまたま祝日だったようで、親戚(伯母・いとこたち)は近所に住んでいるそうです。祖父母はすぐ隣の家に住んでいます。彼の自宅は3階建てで、その3階だけを彼らが使用し、1~2階は賃貸で貸していました。
少しでもネパール語を話したせいか、みなとても温かくフレンドリーに接してくださいました。滞在中、何度も彼に招かれ、しだいに家族の方たちも皆、私を「友達」というより「親戚」や「家族」の一員のようにもてなしてくれました。

投稿: hanna | 2009年9月29日 (火) 23時35分

こんにちは~
今だと使い捨てカメラもありますけど、ネパールにそれが合っても現像する所がないのですかね?
みなさんとってもフレンドリーでよいですよ。


青龍○段さんへ

その頃のネパールでは、カメラなんて超贅沢品!フイルムも売っていましたが、日本のように3本とか5本パックなどお買い得品ではなく、1本ずつのばら売りで、値段も日本よりずっと高かったです。現像するところは、何件かありましたよ。やはり海外からの旅行者のためでしょうか?焼き増し1枚5ルピー(≒15円)でした。
ネパールのご家族、フレンドリーでしょ?彼の自宅へ遊びに行くたびに、いつもご馳走を頂き、彼の兄弟とも本当に親しくなりました。

投稿: 青龍○段 | 2009年9月30日 (水) 11時46分

ネパール語も出来るのですね すごい! 語順は SVOでなく
SOVだということですね。  この語順は 世界でも数えるほど
だそうですね。

それから 前回からのお写真、素晴らしい被写体ばかりで、
絵になりますね。 デジカメの時代でなかっただけに
一層、貴重であり、アナログのムードがいっぱいです!


bellaさんへ

ネパール語ができるといっても、やはり片言レベル以下!です。ただ、トレッキング中に必要とされる言葉は、覚えました。この2年後に訪れたときは、もう少しレベルアップしていました。近年は、せっかく少しでも覚えたネパール語を忘れないようにと、教育テレビの「アジア語楽紀行・ネパール語」をすべて録画し、テキストも買いました。ちなみに、タイ語も同様に録画し、テキストも買いました。どちらも、使う機会がないのが残念です。
写真、褒めていただいて、とても嬉しいです。初めて行ったときは、インド・カルカッタで盗難に遭って、ほとんど写真がなかったので、今回はできるだけ写真も載せようと思っています。今後も楽しんでください。


投稿: bella | 2009年9月30日 (水) 22時29分

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