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2009年9月26日 (土)

ばあちゃんとシロ

 1959年(昭和34年)9月26日、東海地方をかつてない未曽有の恐怖が襲った。その名は 伊勢湾台風 typhoon 。今日でちょうど50年である。死者・行方不明者は5000人を超え、負傷者は40000人近くにも上ったといいます coldsweats02 。地元紙 memo やテレビ tv などでも、発生から50年という節目の年とあって、特集記事や特別ドラマなど、決して風化させてはならない自然災害として、今の私たちに伝えています。

その時私は、まだ生まれていませんでしたが、幼いころ両親によく話を聞かされました ear 。しかし、私にとって「伊勢湾台風 typhoon 」と聞いて真っ先に思い出すのは、今は亡きばあちゃん(父の母)から何度も何度も聞かされた、ある犬 dog の話。ばあちゃんは私が小学5年生のときに亡くなりましたが、あれから30年以上経った今でも、覚えている話です。

伊勢湾台風後、その被害によって、ばあちゃんの家は住むことができなくなり、知多半島の高台に住んでいた長男(私の叔父)宅 house へと身を寄せました。その時、飼い犬だったシロ dog も一緒に連れて行ったそうです。しかし、そこに住んでいた叔母は、犬が苦手で、シロを飼うことを拒否 pout したそうです。

ばあちゃんは仕方なく、シロを手放すことにしたそうです weep 。時代が時代だっただけに、なかなか引き取り手が見つからず、ついにシロは捨てられることになりました crying

シロはそこからおよそ30Kmほど離れた名古屋市内の、とある下町へ捨てられたそうです sad 。そこへは伯父(ばあちゃんの末っ子)が車 car で連れて行き、「良い人に拾われるんだぞ weep 」と言って、シロ dog をそこへ置き去りに、捨ててきたそうです。

ばあちゃんは、シロを捨てたことがとても残念で、悲しかったそうです。「あんな台風さえなければ・・・ weep 」と。

それから1年近く経ったある日のこと。ばあちゃんが庭で洗濯物を干していた時のことだそうす。どこからか「クゥンクゥン」という犬 dog の鳴き声が聞こえてきました。声のする方を見ると、一匹の白い犬がいました。その姿は、かつて飼っていたシロとは似ても似つかぬほど、やせ細っていたそうですが、ばあちゃんは、すぐに分かった flair そうです。

「シロ dog ・・・ sign02  お前・・・シロかsign01sign02 」と。

そう言いながら、ばあちゃんが近づいた途端、そのやせ細った白い犬 dog は、しっぽを大きく振りながら「キャンキャン」と鳴き叫んだそうです crying

その犬 dog はまさしく1年前、叔母の命令でそこから30Km離れたところに捨てられた「シロ」だったのです weep 。シロは1年ほどかかって、名古屋の中心部に近い下町から、30Kmも離れた知多半島のばあちゃんのところへ戻って来たのです sign03 crying 。シロが叔父宅で過ごした日は、ほんの数日しかなかったそうです。それなのに見事 sign01 に、ばあちゃんのもとへと戻って来たのです coldsweats02ス・スッゲェ ! happy02ウレシィー 。

ばあちゃんは、シロの話をするとき、いつもこう言っていました。

「どんだけ辛かっただろう despair 。それを思ったら、涙が止まらんかった crying 」と。(私も weep )

dog が苦手な叔母も、さすがにシロを飼うことを許すしかなかったそうです。そしてシロは、ばあちゃんと伴にそこで暮らしたそうです happy01ヨカッタァ ! 。

ばあちゃんが亡くなって30数年、今でも忘れられません confident 。ばあちゃんは、この話をする度に、最後はいつも涙ぐんでいました weep (今、これを書いている私も、思い出して目頭が熱くなっています・・・)。私の両親も、シロのことは当然知っていましたので、犬のことになると、いつもシロのことを思い出していました。

私が動物好きになったのも、これがきっかけかもしれません。末っ子で育っただけに、家で飼うペットたちは皆、私の弟であり妹でもありましたので wink

私もシロを、一目だけでも見てみたかったです bearing 。そして、もしシロが人間の言葉を話せるとしたら、聞いてみたいです。「お前、この1年、どこをどう歩いて、何を食べて生きてきたんだい?そしてどうやって、ばあちゃんの居場所を捜し当てたのかい?」と weep

当時、未曽有の台風と言われた「伊勢湾台風」。多数の犠牲者を出し、甚大な被害をもたらしました。そんな中で、かろうじて生き延びたにもかかわらず、その後過酷な運命にさらされ、人生いや犬生を翻弄されたシロ。彼もまた、伊勢湾台風の被害者(犬)でしょう think

まだ生まれていなかった私にとって「伊勢湾台風」とは、亡きばあちゃんが涙ながらに話してくれたシロ dog の話、これに尽きます wink

*今日の記事は、保存してある、昨年別サイトに投稿した記事をもとに、加筆・修正し書き綴りました。

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コメント

名犬ラッシーですね。犬って特別な感覚があるんでしょうか、。3日飼われただけで恩を忘れないとか。おばあさまはとてもうれしかったでしょうね。
伊勢湾台風のことはおぼろげながら覚えていますが、地元でなかったのであいまいです。大学3年でバイトを大蔵省でやっていた時だったと思います。東京でもかなりあれましたから。被害にあった方は苦労されたことでしょうね。


hannaさんへ

名犬というか忠犬というか、どちらにしても、我が身内での話とはいえ感動しました。伊勢湾台風後の隠れた小さなエピソードとして、子供向けに絵本にできないかな?と考えたこともありましたが、絵が下手くそですし、このような話は他にもたくさんあるでしょうしね。
地元紙では連日、特集記事を載せています。母は多くを語りませんが、それが返って当時の大変さを思わせます。私の兄の誕生日からすると、当時母は身重だったはず。その上、まだ幼い姉二人がいましたから。近所にある古い街並みにも、伊勢湾台風の水位を示す表示が今も残っています。水が引くまでにどれほどの月日がかかったか、想像ができません。被害に遭われ、命を失った人々のご冥福を祈るとともに、両親に対しても、被害に遭いながらも無事生き延びてくれたからこそ、私の命もあるのだと、感謝しています。

追記・・・アクセス解析からブログに戻ったら、コメント数がちょうど600になっていました。hannaさんのこのコメントが600個目のコメントでした。

投稿: hanna | 2009年9月26日 (土) 23時07分

こんばんは~ とっても胸がキュンとなるお話でした。
私も 犬とは切っても切れない生活で
言葉では表わせないほどの 動物好きですから
もう何も説明はいりません

いろいろな災害があるたびに 慕辺未行さん
シロのような境遇の犬がいやしないか気になるでしょう・・

私も5人兄弟の末っ子で 犬がいつも友達でした


bellaさんへ

共感して頂けたようで、とても嬉しいです。(^_^)
数年前の中越地震の時、道路が寸断され、取り残された村の人々が救助ヘリで避難先へ向かうとき、飼い犬たちがそこに残されたテレビ番組を見たことがあります。その時やはり、おっしゃる通り、私はその犬たちがとても心配でした。「犬だって家族の一員なのに・・・」と、心が痛みました。その後、それらの人々のために造られた住宅に、飼い犬たちも一緒にいた姿を見たときは、「よくぞ頑張って生きていてくれたね」と思ったものです。
いざ!という時、命を最優先される人間と違って、時として人間の最大の友である犬たちは、過酷な運命に遭わされます。「タロ・ジロ」もそうでしたしね。動物好きの私としては、どこか納得がいきません。

投稿: bella | 2009年9月30日 (水) 22時22分

慕辺未行さん

はじめまして、こんにちは!

ご訪問&コメントありがとうございました^^

伊勢湾台風ですか.....まだ私生まれる前なのと
こちら青森なのでよく存じてないのですが
かなりすごい災害だったとは聞いていました。

そちら方面は大変ですよね。

台風が上陸する可能性が高いですし、また
勢力も衰えないままじゃないですか。

幸いこちらは上陸する可能性が低いいですし
直撃したとしましても、勢いも落ちてからなので
大した被害はないですよ。

それでは失礼いたしますね。


Иринаさんへ

さっそくのご訪問とコメント、ありがとうございました。伊勢湾台風という名前を御存じだったとは、驚きました。
青森の方は台風は少ないそうですが、それでも数年前、台風によってりんごがずいぶん落ちてしまったと聞いたことがあります。それでも落ちなかったリンゴを「合格リンゴ」と名付け売り出したところ、受験生に人気だったそうです。台風によって大打撃を受けたリンゴ農家の方々、逆境を乗り越えて大成功を収めたという、青森にもこんな素敵な話がありましたよね。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: Ирина | 2009年10月24日 (土) 16時37分

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