« 素顔のバンコク見聞録 その4 | トップページ | 盆近し »

2009年8月 8日 (土)

素顔のバンコク見聞録 最終回

気がかり

それぞれ自由行動するとき、俺はカトマンドゥまでのチケット airplane ticket の情報を仕入れるため、あちこちの旅行代理店を回った。我々が泊まっているプライバシー・ホテル hotel 近辺は、安宿が多いせいか、バックパッカーも多く、格安チケットを扱う店も多数ある。そんな中で、カトマンドゥまで片道$160(≒25000円)という店を見つけた happy01

しかし、予約はしなかった。日本を出る前の父の体のことが気になっていたからだ think 。ここバンコクからなら、電話連絡も取りやすいが、ネパールへ入るとなると、通信事情は悪くなるし、すぐには帰ることができないからだ。

バンコク2日目(3/2)の午後、自宅へ電話 telephone してみたが、留守だった wobbly 。夕方再度してみたが、同じ。その翌日(3/3)も、旅行代理店を回り、街の中をぶらぶらしながら、電話局へ行き、自宅へ電話する。午後4時と言えば、日本なら午後6時。「いくらなんでもいるだろう」と思ったのだが、またしても留守 gawk 。いやな予感がする coldsweats02

帰国を決意

4日目(3/4)は、高田さんらと共に貸し切りボート ship で運河巡り。その後、今度こそは think ?と思いながら、自宅へ電話 telephone する。日本時間なら午後6~7時。夕食時の頃だ。しかし・・・、またしても・・・ wobbly sign03 「何かあったに違いない think 。父が入院したのでは・・・?3日も続けて連絡 telephone 取れないなんて、あまりにもおかしい coldsweats02 sign03 」。父が入院しているような時に、好き勝手に海外を放浪しているとなると、姉や兄はもちろん、親戚に何を言われるか、想像するに難しくない sad 。俺は帰国を決意した shock

5日目(3/5)、パキスタン航空 airplane のオフィスへ行く。日本へは週2便だけ。次の便は3月7日午前1:55、つまり明日の深夜過ぎである。予約を取ろうとするが、キャンセル待ちである shock 。この時期の日本は、学生の休みと重なることもあり、チケットが安いパキスタン航空は、アジアはもちろん南回りでヨーロッパ方面へ行く学生たちにも、よく利用される。

6日目(3/6)、再度パキスタン航空へ。「父が入院したから、どうしても帰らなければならない」と嘘(?本当かも?) coldsweats01 を言って、緊急事態であることを伝えると、RQ(キャンセル待ち)のサインを頂き、「空港でトライしてみなさい」とのことだ angryガンバ 。

帰国へ

到着時に知り合った高池君と瀬戸口君は、すでに次の目的地へ旅立っていた。高田さんに「乗れるかどうか分からないけど、とにかく行きます。もし乗れなかったら、明日の朝ここへ戻ってきます」と、一応別れを告げた weep

少しだけ買い物をし夕方、トクトクに乗ってフォアランポン(バンコク中央)駅へ。17:15の列車 train に乗る。迎えに座った小さな子供連れの女性がふいに「日本人ですか?」と、たどたどしい日本語で話しかけてきた coldsweats02オォーッ 。驚いて話をすると、その方のおばあさんが日本人だそうで、今も大阪に住んでいるそうだ。日本へも行ったことがあるそうだが、もうずいぶん前のことらしい。それでも少しは日本語を覚えているのが、素晴らしい happy02

その女性が「日本にマンゴーはありますか?」と訊ねるので、「いえ、日本にはほとんどないです。(*今でこそ沖縄どころか九州でも栽培していますが、その頃はマンゴーが市場に出回ることはなかった。)」と答えると、買い物袋からマンゴーを取り出し「どうぞ happy01 sign01」とプレゼントしてくれた happy01 。しかし、「どうやって食べようか?」と考えていると、「そのまま食べればいいですよ」と言う。「エッ?」と思いつつも、マンゴーをそのまま丸かじりした。ジューシーで甘く、とてもおいしいマンゴーだった delicious

43  トクトクの中から

  道は車でいっぱいです wobbly

44

 バンコク中央駅

50_6  列車から見た風景 camera

  お寺かな・・・?

ドンムアン駅(空港駅)で降り、空港内へ。チェックインまで、まだかなりの時間がある。コーヒー cafe を飲みながら休んでいると、2人の日本人男性(山崎さん、高岡さん)と出会った。彼らはバンコクからシンガポールまで、マレー半島を自転車 bicycle で旅したそうだ。彼らに事情を話しキャンセル待ちだということを説明すると、「3人で一緒にチェックインしてみれば?自分たちは予約取れてるから、まさか一人だけキャンセル待ちとは思わないだろうし bleah 」と、提案してくれた confident 。そして、俺のチケットを下にして3人まとめてチェックイン。彼らの言う通り、搭乗券が発行され、大成功 happy01 sign03 彼らに感謝 confident しながら、最後に一緒にビール beer で乾杯した。

52  バンコクよ、サヨナラー weep

  ありがとう!楽しかったヨー happy02 sign03

最後に

3月7日昼ごろ、1週間ぶりの日本。誰がこんなに早く帰ってくることを予想しただろうか?ネパール、チベットは当分お預けになってしまった。

ほんのわずかの滞在だったバンコク。でも本当に面白かった happy02 。屋台のおっちゃん、おばちゃん、英語が全く通じないトクトクの兄ちゃん。汽車の中でマンゴーをくれた子連れのお母さん。そして’天使’。皆それぞれ一人の異邦人の旅の演出をしてくれた。そしてバンコクの街で、力強く生きてゆくのでしょう!再びバンコクの街を訪れることができるのなら、あの界隈をもう一度歩いてみたいものだ。

3月7日帰国。日本は雪国 snow であった。

*後日談ですが、連絡 telephone がとれなかったのは、「病院 hospital の帰りに映画 movie を見てきた」ことと、私の旅に合わせ、「親戚と一緒に旅行していた」ためで、父の体調に関しては、何の問題もありませんでした pout

カテゴリー 「1987 バンコク」 完

|

« 素顔のバンコク見聞録 その4 | トップページ | 盆近し »

コメント

 ちょっと残念な気がしますが、なんでもなくてよかったですね。私の母は病気の父を置いてヨーロパに行き、心がけが悪かったのかドバイでエンジントラブルで一泊する羽目になり、連絡が取れない状態で、父は亡くなりました。
 心配するより帰ってあげた方がよかったですよね。


hannaさんへ

ちょっとどころか、日に日に「帰って来なければ、今ごろは・・・!」と思う日々がしばらく続きましたヨ!(笑) 特に、親せきとの旅行は、私が出発する前から決めていたらしいので、「だったら一言、事前に言えよ!」と文句を言った覚えが・・・(笑)!
でも、hannaさんのこのコメントを読むと、帰って来たのは決して間違いではなかった!と思いました。実は、今だにこの時の旅を少し後悔していた自分がいるのですが、「もしも」を考えると、「この選択は正しかった」と思いました。何か心の中の「わだかまり」がスーッとなくなったような気がします。ありがとうございました!!

投稿: hanna | 2009年8月 8日 (土) 23時10分

お父様に何もなく幸いでした。
もし、何かあれば・・と後悔されていたことでしょう。
旅はまたいつか行けます。

3人まとめてチェックインって・・・いい国だなぁ~(笑)

やはりほほえみの国なんですね~うんうん


青龍○段さんへ

今思えば、そうなのですが、当時の私としては、帰国後プンプン怒っていました (笑)。しかし、その数日後、日帰りで奈良へドライブしていたのですから、本気で怒っていたわけではなかったようです。って、自分のことなのですが・・・。「何事もなくて良かった」と、この目で確かめられましたから!そのまま旅を続けても、ヤキモキするだけで落ち着かなかっただろうと思います。
3人で1グループということで、3人分のバウチャーをチェックイン・カウンターに出しましたので、最初に予約OKとあれば、すべてそうだろうと考えてくれたのでしょう。本当に助かりました。余談ですが後年、同じこの空港で、理由は違いますが、ちょっと手助けしてチェックインしたことがあります。

投稿: 青龍○段 | 2009年8月10日 (月) 15時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 素顔のバンコク見聞録 その4 | トップページ | 盆近し »