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2009年6月 3日 (水)

ムクチナート ~聖地への道~ その2

11月11日 ”グルンの若者と”

ドバン7:30(徒歩)9:30クルディガハル9:45(徒歩)12:10チョムロン13:20(徒歩)15:00キムロン

 6:45起床。竹を編んだだけのベッドは、背中が痛い wobbly 。せめてマットがあったら・・・ weep と思った。朝食を終えて、7:30に出発。このところ天気が悪かった rain せいか、泥道になっている。急な登りもある。ふと振り向くと、マチャプチャレ。昨日は南東の方向に見えたのに、もう北東の方角だ。

9:30にクルディガハル、一休みする。徐々に暖かくなってきた sweat01 ので、ヤッケとウールの靴下を脱いだ。ドバンを出た時は、とても寒かったのだが・・・。チョムロコーラ(チョムロ川)の吊り橋までどんどん下り、チョムロンへの急坂。きつかったけど、休まずに angryガンバ sign01 上の方のロッジまで登り、昼食にする。この登りを休まずに登ったということは、脚が慣れてきた証拠か happy02 sign02 丸2日かけて登った道程を、1日で下ったのだから。来る時に偶然再会したムネさん、もうポカラまで戻っただろうか?

食事 restaurant はライスとポテトカリー。しかし、このカリー、マサラ(香辛料)だけで味付けしただけのようなもの。ルーはもちろん、スープでもないカリーだった。量もとても多い。しかし、これが最高においしい delicious sign03 たった7ルピー moneybag でお腹いっぱいで、しばらく動けない wobbly

1時間以上休憩して、13:20出発。キムロンへと向かう。ここからは、ポカラからの道と別れる。地図上には、このルートは載っていない。1時間ほど平坦な道だが、途中、砂場の崖もあって少々危険だった wobbly 。キムロンの村が見下ろせるところまで来た。後は下るのみだ。

37  ガンドルン村から見た

  マチャプチャレとアンナプルナ(絵葉書)

15:00にキムロンに着いたのだが、ほとんどのロッジがなぜか閉まっている。ガンガプルナロッジというところだけが開いていて、その日は俺一人だけが客だった。昼食を食べすぎたせいか、お腹が減ってなくて、夕食はヌードルスープ(ラーメン noodle )だけにした。日本のインスタントラーメンと、味はたいして変わらない。でも、このほかにも野菜炒めや豆(この豆が、実に香ばしくておいしい)、ロキシー(ネパールの焼酎 bottle )をいただいた。さらに、ミルクのようなダヒ(ヨーグルト)のような、どちらとも言えないものも頂いて飲んだ。

夜、グルン族(ネパールに住む少数民族のひとつ;イギリス軍の傭兵”グルカ兵”は、元々はこのグルン族の勇敢さに、イギリスが目をつけ雇い入れた)の人々が、ロッジに集まってきた。高校生ぐらいの年の若者4~5人は、セックスの話しかしない。これには参った think shock sign03 「あなたは”あれ”は好きかい?結婚しているの?」「日本語で”あれ”は何て言うんだい?」などと、ジェスチャーも加えて露骨に聞いてくる gawk 。俺は「日本では、君たちのことを”スケベ”と言うんだ」と、逆襲し coldsweats01 笑っていた。本当に、この話題だけで終始した。

ただ、彼らグルン族の人々は、日本人にとても好意的で、理由は「日本人も韓国人も中国人もモンゴル人もグルンも同じ顔だ。だから俺たちは兄弟だ」「アメリカ人やヨーロッパ人たちは、俺たちとは違う。彼らは鼻が高いし、髪の毛の色も違う」などなど。同じアジアの民族として、仲間意識を持っているようだ happy01 。そういえば、ランドルンで俺一人だけだったときも、ロキシーを飲みながら、大歓迎してくれたっけ sign02 日本もかつては、大陸の一部だったのだろう think 。彼らが持ち寄ったビスケットを食べながら、ティーを飲み、21時ごろまで話していた。

キムロン、ガンガプルナロッジにて

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コメント

「若さに任せて」いいですね。そんな感じで歩いていらっしゃるのが分かります。グルン族の若者は、きっとあまりにも素朴なのではありませんか。セックス以外に楽しみがない、だから関心はみなそこに行ってしまうのかも。でも、そうなると私たちは困ってしまうのですよね。50年前の農村だってそんな感じの人がいましたよ。保護者のお父さんだってシモネタ、これには都会から来た新卒の教師は馬鹿みたいにニコニコして嵐をやり過ごすしかなかったです。みんないい人なんだけどね。


hannaさんへ

hannaさんのコメントを読むと、前回のコメントの返事も欠かさず読んで下さっていることが、よーく分かります。hannaさんに限らず、青龍○段さんもbellaさんも、コメレスを読んでから更新ログを読んでいらっしゃると、コメントから十分わかりますので、本当に嬉しい限りです。(^_^)
はてさて、本当にこの頃は「若さに任せて」、ただそれだけで、がむしゃらにヒマラヤを歩いていたと思います。だからときには、「大失敗」もありました。どんな失敗かは、おいおい、また書き綴りますので・・・。ハラハラさせられるかも・・・? !
グルンの若者、そうですね、あのような電気もガスも水道もない未開の地(?失礼!)に住んでいるからこそ、”本当はいい人たちなんだけど・・・”かもしれませんネ!日本だって昔は地方によっては”夜○い”の風習もあったでしょうし・・・(って、ちょっと露骨かな?)。
hannaさんが新卒の教師だった頃の日本の田舎も、似たようなところがあったのですネ!かつてのネパールの山村での体験を通して、私が生まれる前の日本の農村の姿が、少しだけ垣間見えたような気がしました。

投稿: hanna | 2009年6月 4日 (木) 22時27分

そうですか、郷に入っては郷に従え、ですから、 同じアジア人の仲間として シモネッタに付き合ってあげましたか・・! イタリア語のカツオ君(正しくはカッツォ)は有名ですが、教養の余興ならまだしも、 人生の大半がそういう青春は 少し胸が痛みますね。  女性のポーターも 楽しみが少しでもある人生だといいですが。 でも、日本人にはわからない至上の幸福を彼らがもってるかもしれないし・・・


bellaさんへ

あの当時、22才とはいえまだまだ純情が残っていました(?)ので、さすがに参りました。文明の届かぬ村だからこそ、そのような話題に終始したのでしょうネ!かといって、それだけにしか関心を持てない青春も、bellaさんのおっしゃる通り、寂しさを感じます。ネパールの人々は皆、信仰する宗教に対して敬虔なので、自分の人生や境遇を素直に受け止めていると思います。そして「来世は・・・」と、いつも祈り続けています。「輪廻転生」を信じている、彼ららしい生き方だと思います。
私には、彼らは「太陽と共に生きている」と感じました。朝、陽が昇れば起きて活動し、夜、陽が沈めば眠る、まさに「自然のまま」の生活!何となく、羨ましくもあります。と、思いませんか?!

投稿: bella | 2009年6月 6日 (土) 14時23分

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