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2009年6月 2日 (火)

ムクチナート ~聖地への道~ その1

 このトレッキングの1つ目の目標を達成し、次はかつての”インド~チベット交易路”を歩き、聖地、ムクチナートへと向かう。新たな闘志が湧いてきた angry scissors

11月10日 ”ひたすら下って”

アンナプルナB・C9:15(徒歩)10:15マチャプチャレB・C11:00(徒歩)13:00ヒンコー13:20(徒歩)14:40ドパン

 9:15、アンナプルナ内院を下る。幾人ものポーターとすれ違う。こんな山奥まで50kgも100kgもあろうかという重荷を背負ってくる彼ら、それは彼らの人生そのものの重さでもあろう despair 。中には女性もいる sad 。それも決して若くはない shock 。まだまだ貧困に苦しむ国、すべて生きるためなのだろう think 。素晴らしいプロ根性だ confident 。俺なんかでは1日と、もたないだろう coldsweats01 。しかし、もしこの山間地に自動車道ができたら(ネパール政府は検討・計画中)、彼らはそれこそ職を失い、村の過疎化も進むであろう。深刻な問題である think

マチャプチャレB・Cに1時間後、到着。軽く食事 restaurant をとり、11:00に出発。この日は南の方に雲がかかり、ヒンコー辺りで天気が崩れそうだ。来るときには危なかったところも、注意深く通り coldsweats01 、デオラリを過ぎヒンコーへは13:00着だ。さすがに下りは速い happy01

20分の休憩で、さらに歩き続けると、予想通り雨 rain だ。ヒマラヤホテル辺りで躊躇 think したが、ドバンまで向かった。ドバンロッジに14:40着。この日、約8時間動いていた。外は、相変わらず、止みそうもない雨。濡れたものを乾かしながら、ただ、夜 night だけを待っていた gawk

ドバン、ドバンロッジにて

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コメント

ずっと下りはきつかったでしょう。きっと・間違いなく・そう。
奈良の大台ヶ原から、三重に降りたときはずっとずっとずーと下りでした。途中で一泊しましたけどね。
あのときは若かったけど、今はもうだめですね、直ぐ膝にきます。年だ(笑)

さて荷揚げについて。お国によって考えも分かれるのですが、効率化と環境保護の妥協としてはバイクが適当かと考えますね。トラクターでもいいですけどね。
富士山ではブルドーザ道があり、間近で荷揚げシーンを見ました(空荷だったのが残念)

はい、もう一つ質問(私が無知ですいません)
道中、宿はいくつ位あるのですか?きっとトレッキングコースに合わせて点在していると思いますけど・・・
(富士山の7合目~8合五勺あたりは沢山山小屋ありました。お体大丈夫でしたら、荷物は私がある程度持って一緒にご来光見ることが出来るのですが・・・)


青龍○段さんへ

たぶん、「きつかった」とは思いますが、当時の旅日記には全くと言っていいほど、「きつい」という記述がないのですワ!そのころまだ「山を知らない」「若さに任せて」ということだったのでしょう。
大台ケ原は、私も以前「歩きたいナァ!」と思ったところでもあります。しかし、あのコースを歩くのであれば、マイカーでは行けないし(同じコースを戻らなければならないから)、交通機関も不便だし・・・、諦めてしまいました。
私の記憶にある限り、あの道をバイクで登るのは”危険極まりない”それこそが本当に”命がけ”になると思います。「エヴェレスト街道を行く」にも書きましたが、あの道をマウンテン・パイクで旅した日本人がいました。彼の話によると、”担いで歩く”ことのほうが多かったそうです。もちろん、バイクとマウンテン・パイク、つまり自転車の違いはありますが・・・。
”人力”もしくは”ラバなどの隊商”がもっとも有効ではないか?と思います。
宿に関しては、よほど険しい峠越えの地域を除けば、ほぼ徒歩で1時間に1軒はありました。もちろん、設備に多かれ少なかれ、いくらかの差はありましたが。ですから、日本で登山するときのことを思えば、泊まるところはもちろん、食事などの心配もしなくて済むので、”ヒマラヤ・トレッキング”は、その点では荷物も少なく、気軽に行ける、と考えても良いと思います。

投稿: 青龍○段 | 2009年6月 3日 (水) 00時47分

下りは速いけれど膝にきませんか。私は山など登らないですむものなら絶対に上りませんが、生徒と遠足で那須のアサヒ岳や前白根など登りました。前白根は途中で落伍しましたが、アサヒ岳は8クラスの先頭で出発し、最後は最後尾になりました。ヤレヤレ!shock
あの落ち込んでいるのは、私も動けないのに、母があとからあとから要求するのでばてていたから。でも、悪いこと起きすぎです。本気で家内安全のお札でもいただきに行ってこようと思っています。


hannaさんへ

先の青龍○段さんへのコメレスにも書きましたが、この頃は”登山”も”山歩き”も知らないド素人でしたし、若さに任せて歩いていたと思います。ある程度”山歩き”のコツを知っている今では、「登りよりも、むしろ下りを慎重に!」と歩いたことでしょう。
hannaさんがお住まいでいらっしゃった辺りは、実は一度も訪れたことがないのですが、でも白根山や男体山ぐらいは聞いたことがあります。
hannaさん、お体ご自愛ください。「苦しい時の神頼み」、私も毎朝出勤前、神棚に手を合わせ、「今日も1日、無事過ごすことができますように!」とお祈りしてから出勤します。hannaさんにも、もうこれ以上悪いことが起こらないよう、お祈りしています。

投稿: hanna | 2009年6月 3日 (水) 20時59分

女性のポーターもいるのですか・・ すごいですね~
村に残る家族は 本当に粗末な恰好をしているけど、
外国人と接触するポーターたちは、結構ちゃんとしたヤッケ、靴、携帯などを身につけている、と Danさんは言ってましたが、
アンナプルナではどうでしたか・・ 


bellaさんへ

この当時も、その後訪れたときも、外国人相手のガイド、つまり英語がペラペラな”エリート”さんたちは、身なりもちゃんとしていました。しかし、生活事情、経済的な事情で、ろくに学校へ通えなかった人々は、やはり粗末な、それこそ一度も洗濯さえしていないような服を着ていました。ここまで書いたブログでも、”マハル君”はちゃんとした恰好をしていましたが、村の青年たちは、決して彼ほどではなかったです。こんなところにも、”貧富の差”が現われています。とても複雑ですよネ!
女性ポーターたちの姿を見た時は、胸が痛みました。男の私でさえも、とても持てないほどの荷物を背負っていたのですから・・・!声をかけることさえ、はばかられるほどでした。今の境遇がどうであれ、この時代この日本に感謝しなければ!と思う次第であります。

投稿: bella | 2009年6月 3日 (水) 22時40分

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