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2009年6月18日 (木)

赤褐色の街にてⅡ ~カトマンドゥでの暮らし~ その2

 午後は、ダルバール広場でボケーッ gawk としている。似た者同士のヒッピーが、たむろしている。塔の上から見た街は、バザールの売り子 virgo 、牛 taurus や馬 horse 、サイクルリクシャなど、人々がそれぞれのリズムで生活している。齷齪した様子はない。ここは、時がゆっくりと静かに流れている confident

小さな街なので、同宿の人ともよく逢う。「お茶 cafe でも飲もうか?」と言って、’スタイリストパイ’という、美味しいケーキ屋へ。日本の喫茶店で食べるケーキ cake より、倍以上も大きい。意外にネパールの名物です。

朝からずっと食べっぱなしなので、散歩へ shoe 。ダルバール広場より吊り橋を渡り、スワヤンブーナートへ。ボロボロの服を着た子供が’陣とり’や小石でビー玉遊び。俺も昔は、こんなだったっけ。

畔道の向こうの小高い丘に、寺院が見える。スワヤンブーナートだ。100段以上ある階段を昇り coldsweats01 、ストウーパの前へ。陽 sun も傾きかけて、街は赤褐色(れんがいろ)。街の向こうには、ヒマラヤ山脈が白い帽子をかぶって並んでいる。近代化が叫ばれつつも、まだまだ中世なのだろうか?この国、この街の人々の律動が、赤褐色に調和している。ストウーパの仏陀の目は、この街をそっと見守っている eye 。街がさらに紅く染まるころ、下って行く。街のリズムに、自分自身を再び流してみる。

夕食は3日に2回ほど、自炊していた。タルカリバザール(野菜市場)へ立ち寄る。「今夜は何を作ろうか・・・ think ?」「ジャガイモと玉ねぎはあったから・・・、キャベツにトマト、そうだ!湯豆腐もいいナ、味噌汁にも入れて・・・bleah 」。同宿の自炊パートナーの日浦さんと相談し wink 、メニューを決める。「フルーツも買って、デザートを作っちゃおぅ happy02 !」

ストーンハウス・ロッジに戻り、夕食の用意にかかる。日浦さんと役割を分担し共同制作。ちなみに、この日浦さん、まだ19才という一人旅の女子短大生 virgo 。勇気ありますネ、一人でインド・ネパールまで・・・。まず、お米を洗って野菜は熱湯で消毒する。粉ふきイモに茹でただけのキャベツと玉ねぎ、トマトを加えサラダクリームをかけて、サラダの出来上がり happy01 !米がだいぶ炊けて、余った野菜を入れ、味噌と塩、味の素、卵を入れて、雑炊の出来上がり happy02 !少しずつ食べながら、味噌汁(具は豆腐)を作り、そして湯豆腐をポン酢(他の宿泊者から頂いた)と共に食べる。すべての食事 restaurant を終えるころには、外は真っ暗、すっかり夜 night 。でも、最高においしかった delicious happy01 sign03

食後の片付けも終わり、夜も更けてくる。毎晩、どこかの部屋が2~3人、4~5人のたまり場となり、談笑している。俺の部屋はツインなので、シングルよりやや広いこともあり、日浦さんやカルカッタでお世話になった、今は隣室の上田さん(26才、フリーのプログラマー)が毎晩来てくれた happy01 。「コーヒー cafe でも飲みましょうか!」熱いカップをすすりながら、この国について思うこと、自分たちの現在・未来、裸電球 flair 一つの薄暗い部屋での語らいに、’異国の旅の下’の不思議を感じた。明らかに、ここは日本じゃないんだ、と!

ふと時計 watch を見ると、もう10時だ。外に人の気配はない。聞こえるのは”モゥ~”と鳴く野良牛 taurus の声だけ。一国の首都だというのに、なんだかおかしい!思わず皆で、笑ってしまった happy02 !そしてそれぞれ「お休みー sleepy !」と言って部屋に戻り寝支度。シュラフを広げブランケットをかける。そして今日も1日終わる。

赤褐色の街で、俺なりの暮・ら・し。

*ここカトマンドゥでの自炊生活については、後日改めて書き綴ります。写真こそありませんが、どんなものを作っていたか文章で紹介していきます。

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コメント

おはようございます(本日は予定休)
異国の地で湯豆腐、朝から食べてもウマイし夜のつまみにもいいですね~
サラダクリームというのは・・・ドレッシング!?

たまには車でお出かけしてきます~
温泉セット持っていかないと(笑)


青龍○段さんへ

25年前のネパールで、まさか豆腐が売られていたとは!?と、思いませんでしたか?実際に売られていたのを見て、私は目を疑いましたヨ!確か、ブリキかトタンの箱に水を入れて売られていました。「NEPALI TOFU」と書かれていました。サラダクリームは、ドレッシングでもなければマヨネーズでもない、サラダ用に作られたクリームのようでした。確か、輸入品だったはず。ヨーロッパのどこかの国のものだったと思います。
今日はお休みだったのですネ!平日の休みは、どこへ行ってもわりと空いているし、のんびりできましたか?「温泉セット」持参?どこの温泉でくつろいだのでしょうか?

投稿: 青龍○段 | 2009年6月19日 (金) 10時12分

結構おいしそうな日本食ですね。ちょっとしたパーティーですね。それこそ、人それぞれで、の~んびり過ごせるんならそれもまた人生。ただ、誘拐されて国家間の問題になるような土地に行き大騒ぎになったり、女一人旅で殺されたりは、どうなんでしょう。人道的な観点と自己責任のはざまでいつも疑問を感じてしまいます。
私はただ、自分の性格で、の~んびりっていうのが苦手なんです。ああ、いいなあ、静かだなあ、のんびりしよう、で、3日もすると落ち着かなくなってしまう。貧乏性なんですね。困ったものです。


hannaさんへ

ごめんなさい・・・、実際には一度の夕食にこんなにたくさん作ってはいなくて・・・。よく作っていたものを、まとめて書いたものでして・・・。後日、改めて「自炊生活」を書き綴りますので、そちらを読んでいただけると、いかに質素な食事で済ませていたか、お分かりになるかと思います。
ご指摘された問題については、私はたとえば「医療や教育」といった崇高な意思を持って、危険な地域と知りつつも、そこに住むごく普通の一般の人々のために行かれたボランティアの方々の場合、何かの緊急事態が起こった時には、両国家が互いに協力し救出すべきだと思います。できることなら、初めから「安全にボランティア活動」できるような体制を作ってあげて欲しい、と思います。それらの人たちに「自己責任」があるかどうか、私には分かりませんが、「その国で困っているのために、役に立ちたい」という志は、大切にしたいと思います。
ただ単に、旅行だけが目的で、そのような地域に足を踏み入れた人々に関しては、やはり100%「自己責任」だと思います。冷たいかもしれませんが、何が起こっても、最悪、命を落とすことになったとしても、自ら望んでその地域へ旅しに行ったわけですから。これは「自戒の念」も含めて言っていることです。
ただ、これだけは言えると思います。この地球上からそのような地域が無くなるといい、世界中のすべての人々が平等に暮らせる世の中になるといい、と。

投稿: hanna | 2009年6月19日 (金) 12時05分

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