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2009年6月16日 (火)

カトマンドゥへ戻る

 11月23日7:00発のスイスバス bus で、カトマンドゥへ戻る。ストーンハウス・ロッジ hotel へ行くと、シングルは空いてなかったが、つい数週間前まで泊まっていた俺をオーナーは覚えていて happy01 、ツインをシングルと同じ料金(11ルピー≒160円)で貸してくれた。何とも嬉しいご好意だ lovely

そして、相変わらずサキャさんのお店に顔を出し wink 、彼といつも話をしていた happy01 。また、トレッキング中に偶然再会したムネさんとも再び会い happy02 、宿も同じストーンハウス・ロッジだった。彼とは当然ながら、一緒によく夕食 restaurant へと出かけていた。

そのころ俺は、電気店で’エレクトリック・コイル・ヒーター(湯を沸かすためだけのコイル式ヒーター)’を買い、スーパーでインスタントコーヒーを買って、朝食はコーヒー cafe とパン bread 、フルーツ banana apple 、ゆで卵 fullmoon を作って”自炊”していた coldsweats01

ある日の夜 night 、ロッジの近所の店で俺が卵を買っている moneybag と突然「ジン sign02 」と、大きな声がした。俺は「誰だ?ここで俺のことを”ジン(ニックネーム)”と呼ぶ奴は think sign02 」と思って、辺りをきょろきょろすると、克ちゃん(高畑君)が「オホホー sign01 ジン sign03 久しぶりー happy01 sign03 」と駆け寄って来た run 。俺も思わず「オォー sign01 克ちゃーん happy02 sign03 」と叫び、お互いに手を握り抱擁し合った scissors

彼もやはり、俺が北海道を旅していたときの仲間 good で、室蘭にあるユースホステルでヘルパーをしていた’かっちゃん’。克ちゃんは実は、初めは俺と一緒に旅立つ予定で連絡を取り合っていた telephone のだが、克ちゃんのアルバイトの都合で俺だけ先に出発していたのだ bearing 。そして彼もインドへ向かう予定だったのだが、カルカッタまでのチケットを予約した途端、あのクーデターが勃発し wobbly 、インド入国が不可能となり bearing 、トラベル・エージェントの素早い対応もあって confident 、チケット ticket を即ネパール・カトマンドゥへと変更し、ここへやって来ていたのだ happy01 。克ちゃんは、俺がインドで盗難に遭ったことを知っていた。なぜなら彼も俺と同じ旅行代理店を利用していたからだ。そして克ちゃんも、ストーンハウス・ロッジに泊まっていたのだ happy02

さらに、カルカッタで盗難直後にお世話になった scissors 上田さんとも、ここで再会した happy01 。しかも、部屋が隣同士 good 。金井さんと岩田さん、辻さんもポカラから戻って来ていた catface 。俺はかつての仲間、そしてこちらで知り合った新たな仲間と共に、このカトマンドゥでの暮らしを楽しむ smile

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コメント

すごい大所帯って感じ。お知り合いの日本人ばかりこんなに集まっているのってなんだか怖いようですね。偶然というより状況がそうさせるのかもしれませんが。こうなると異邦人が異邦人でなくなるというか、不思議な世界。孤独と同胞愛と、その経験のバランスがまた、興味をそそられます。
そういえば娘は高校で1年間アメリカのカトリック系の学校の寄宿舎にいました。幸い金曜日の晩から月曜日の朝まではおおむね親戚の日本人の家にホームステイ、都合の悪い時はアメリカ人家庭に預けられていましたが、学校では日本人は彼女一人でした。いわく、ホームシックになる暇がないほど大変だったそうです。


hannaさんへ

今はどうなのか分かりませんが、当時、「カトマンドゥへ行ったら、ストーンハウス・ロッジに泊まるといい」と、ほとんどの日本人が言っていました。オーナーが大の日本人びいきで、宿泊客も9割以上が日本人でした。ですから、そこでは完全に「日本人社会」ができていました。
もし今も、当時の設備のままで残っているとしたら、最近の若い日本人が泊まりに行くかは疑問ですが。
お嬢様の留学体験、学校に日本人一人というと、時には寂しさとかもあったりと思いがちですが、そんな風になるよりも大変だったのですネ。でも本当に羨ましいほど、貴重な体験だと思います。10代で海外留学なんて、ほとんどできることではありませんから。短期間ならともかく、1年ですから。私も体験してみたかった・・・。

投稿: hanna | 2009年6月17日 (水) 07時02分

魔法のくすり、 何だったのでしょうね~ 広い意味の漢方の一種でしょうか。 よかったね~!!
肉体的 精神的 人間的 文化的 自然的、あらゆる意味の旅でしたね。 誰も持っていない宝物になりました。
お話に聞くだけですが 私もきっとカトマンドゥー派ですよ 
いいですね^^^ 憧れます。  


bellaさんへ

あの薬は、驚くほど効きました。いつだったか、膝を強打し、傷口も化膿して医者へ行ったのですが、2~3週間ぐらい通院させられました。そのとき「あの薬があったら・・・」と思ったものです。
初めての海外で、ヒマラヤのふもとをトレッキングし、bellaさんもおっしゃる通り、あらゆる意味で貴重な旅でした。
bellaさんもカトマンドゥ派ですか?そういえば、ご主人様がネパールへ行かれたことがあるのですよネ?!ご主人様はどちらでしょうか?

投稿: bella | 2009年6月17日 (水) 10時36分

こんばんは~
ポカラで怪我の回復が早かったのも「若さ」でしょうかね~
盗難にあったのは残念でしたが、それ以上の金に変える事が出来ない体験、そして友人の出会いがあった旅だったと思います。

外国で自炊するなんて・・・エライ!


青龍○段さんへ

「若さ」もさることながら、やはりあの「薬」がすごいものだったからでしょう。旅はこの後もまだまだ続きます。何しろインドの情勢が、まだあまり良くなっていなかったので、もうしばらくネパールに滞在せざるを得ません。
自炊については・・・、このカテゴリーの最後の方で細かく書き綴りますので、もうしばらくお待ちください。作った物の写真がないのが残念ですが、結構おいしいものを作っていましたよ~!

投稿: 青龍○段 | 2009年6月17日 (水) 23時07分

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