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2009年6月11日 (木)

ムクチナート ~聖地への道~ その9

(11月17日のつづき)

この日はここで宿をとり、ムクチナートへは、片道30分だ。ヒマリーホテルに荷物を置き、昼食を終えて、12:40出発。少しの登り坂を歩いて、30分でムクチナートへ到着。アンナプルナ内院に続き、二つ目の目標も達成 happy01 sign03

痛々しくなった足を引きずって、ここまでやってきた angryガンバ。そして先に出発していた金井さんと岩田さんにも、とうとう追いついた happy02 。2日の差を、最終目的地にて、追いつくことができた。とはいえ、彼らは36才と30才、俺は若干22才。当たり前と言えば、当たり前か sign01 彼らは、俺の足首の状態を見て eye

「それは、もう医者 hospital へ行かなきゃダメだよ pout sign01 バイ菌が入っているかもしれないし、手首もそんなに化膿してちゃ、ほっといたら危ないよ coldsweats02 へたに破傷風が入ったら治らないし・・・ gawk 」と、

皆の勧めもあって、帰路はジョモソムからポカラまで、飛行機 airplane で帰ることを余儀なくされた。このまま歩いて shoe ポカラまで帰っても、普通で1週間。しかし、この状態では10日以上かかるかも・・・?1フライト610ルピー(≒$35≒9000円)は、痛い出費 dollar だが、怪我がこれ以上ひどくなったり wobbly 、何かの菌が体中に回った後では sad 、手遅れになることも・・・ shock 。体には代えられない。飛行機で帰ることを決意する think 。これによって、俺のトレッキングは、この日を含め、あと1日半となってしまった weep

彼らとの雑談のあと、高台に登りムクチナートの村を眺め、聖地へと向かった。聖地には3つの寺院がある。ここは、ラマ教、ヒンズー教両方の聖地であり、とても神聖なるところだ。一応仏教徒の俺も、お参りをしてきた。金井さんに教えられたように、お線香とマッチを持って、線香を焚き、お布施を喜捨して、皆の無事を祈った confident 。つき合っている彼女 virgo のこと、親父、おふくろ、兄貴、姉貴、そして多くの旅仲間たち、皆が健康で幸せでいられますように・・・。

17  ムクチナートの丘、聖地。

  ラマ教やヒンズー教徒の人々は、一生に一度はここへ巡礼に来ることが夢 heart01 だそうです。

18_2  ’ダラ’と呼ばれるものです。

  水が流れ落ちています。

  全部で108つ、あるそうです。

40  三重塔。

  聖地にある寺院の一つです。

  いつの時代のものか知らないのですが、

  やはり歴史を感じます think

聖地を下り、チェック・ポスト、そして再び村へ。ここの物売りのおばちゃんたちは、しつこいうえに、かなり高く売りつけてくる angry 。他の人が「40ルピーで買った」というマフラーを、初めは「80ルピーだ」と言ってくる。「高すぎる pout sign01 」と言って交渉しても、なかなか40ルピーまで下がらない。そっぽを向いて歩きだすと、追いかけて来て、いきなりマフラーを俺の首に巻いて「45ルピー」と言う。この強引な売り方に腹が立ってきて angry 、そのまま突っ返した。この付近では、アンモナイトの化石が採れるそうなので、それだけは記念に大、中、小と3つ45ルピーで買った。この辺りの人々は、アンモナイトも”神様” confident と崇めているそうだ。

ずいぶん涼しくなった16時ごろ、ムクチナートから20分でジャルコットのロッジに戻った。夕食 restaurant に、エッグ・ベジタブル・フライドライスとエッグ・ガーリックスープを注文。6時にはできると言っていたのに、他のトレッカーのは次々運ばれ、俺のだけなかなかできない sad 。彼らの食事が終わるころ、聞きに行くと、再度俺の注文を聞きにくる始末 wobbly 。金井さんらも言っていたが(彼らも、この日は同じロッジだった)、このロッジは「日本人は人がいいから、後でもいいと思っているみたいだよ」と angry

夜、右手首、右足首、左手親指がうずく wobbly 。とくに左手親指の水疱は、だんだん大きくなってきて、10時ごろ一度つぶしてみた。すると、血を含んだ水が流れ出てきた shock 。軟膏を塗ってテーピングする。まさか、破傷風?なんてことはないだろうな・・・ shock sign02 いずれにしても、1日も早くポカラへ戻り、医者 hospital へ行こう。そこでダメなら、急いでカトマンドゥへ戻るしかない。この晩も、良くない予感が頭をよぎり、よく眠れない despair 長~い夜 night だった。

ジャルコット、ヒマリーホテルにて

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コメント

こういうところでは病気やけがは怖いですね。言葉がわからないながらも都会なら病院もあるしまだ安心ですが。さぞ気をもまれたことでしょうね。私の知人はタイの島でデング熱にかかりバンコクで2週間も入院しました。彼女が一緒だったからまだいいけれど、2度目にかかると命を落とすこともあるといわれて、東南アジア大好きなのにビビっています。


hannaさんへ

私の友人も、南米ペルーで2週間入院経験があるのですが、言葉の問題もあり、とても不安だったそうです。
私はこの時、金井さんの「破傷風」という言葉に、「衛生面に不安があるこの土地だからこそ、あり得るかも?」と、本気で心配になりました。幸い、そうではなかったので良かったです。
東南アジアは、物価が安く、日本から近いこともあり、気軽に行けるのですが、病気などに注意しないと、何が起こるか分かりませんからねぇ。「自分は大丈夫」などという安易な過信は、’禁物’ですよネ!気をつけていても、かかってしまうこともあるのですから。いずれにしても、海外で一番怖いのは、’病気’にかかってしまうことだと思います。クワバラ、クワバラ!

投稿: hanna | 2009年6月12日 (金) 10時45分

当時の年齢からして素早く下山を決めたことはとてもよい行動だったと思います。
「後もう少し」や「せっかく異国の地まで着たのに」という思いもいくつか巡ったと思います、しかし体が資本ですからね~

しかし物売りには困った物ですね、私がそんなことをされたら同じように怒鳴りますよ。
とはいえ多く金を落としていく日本人も悪いのですけどね。
もっと世界を知らないといけません、うんうん。


青龍○段さんへ

若い時はつい「若気の至り」で、無理してしまうことが多いのですが、素早く決断せねばならないほど、痛みもひどく、化膿していたのです。30代の2人の人生の先輩のアドバイス、素直に聞き入れましたヨ!
物売りたちの商魂のたくましさには、今思えば「脱帽」です。逆にいえば、「日本人=お金持ち、人が良い」ということだったのかもしれません。でもやはり、納得できないものは納得できないですよネ!
当時22才で、初めての海外でしたが、「世界を知った」わけでは決してありませんが、それまで暮らしてきた日本との違い、「世界には、まだまだ知らないことがたくさんある」と感じたことだけは間違いありません。とても良い勉強になりました。

投稿: 青龍○段 | 2009年6月13日 (土) 11時04分

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