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2009年5月20日 (水)

赤褐色の街にてⅠ その6

7.ポカラへ

 11月1日7時ちょうど発の ”スイスバス bus ” と呼ばれるミニバスで、ネパール第二の街、ポカラへと向かった。ポカラからアンナプルナ方面へトレッキング(山歩き;山旅) shoe するためだ。俺なんかにトレッキングできるのか think sign02 と不安だったのだが、ストーンハウスロッジで金井さんや岩田さんが、「僕らでも行くんだから、ジン君だって行けるよ!俺なんかもう36才だよ。岩田君だって30才なんだから、もっと若い君なら十分行けるよ wink !」と言われ、行くことにしたのだ。

ポカラまではおよそ200km。13:30ごろ到着した。宿は、皆から教えられていた ”スルジェハウス” にしようとしたのだが、あいにくこの日はもう、空きベッドがない weep 。このロッジの経営者は、ネパール人女性のスルジェさんとご結婚された平尾和雄さんという日本人男性で、作曲家・平尾昌晃氏とは親戚の間柄だそうである。日本人男性が経営しているロッジとあり、宿泊客のほとんどが日本人 fuji だ。

俺がこの夏、北海道で知り合った人たちも、「ぜひ、ここへ行け」と話していたし、「もし行ったら”よろしく”と伝えてくれ。もし平尾さんが思い出せなかったら、”ネパール野球大会”を開いたやつらだと言えば、思い出してもらえるだろう」とも頼まれていた。平尾氏にその旨伝えると、「ああ~、彼らか happy02 !」と、覚えていたようだ。その甲斐あってか、「明日、一人トレッキングに出かけるから、一つベッドが空くけど、来るかい?」と言われ、俺は「ぜひお願いします happy01 」と予約させていただいた。この日は近くにある他のロッジに宿泊した。

34  ポカラから見た

  マチャプチャレ(6993m)

  マッターホルンや、槍ヶ岳を

  彷彿とさせる形をしています

翌日朝、スルジェハウスに移動し、ここで情報を仕入れる。トレッキング・パーミットを申請、取得し、トレッキングに必要なものを保証金を払ってレンタルする。借りる際にノートに氏名やパスポートナンバーを記入するのだが、そのノートに知っている名前があった。”ムネさん”こと、広瀬氏である sign03 。カルカッタのモダンロッジで浦本さんから聞いてはいたが、彼もここで何かをレンタルして、トレッキングに行っているようだ。もしかしたら、ヒマラヤの山の中で、偶然ばったり・・・ happy02 、なんてこともあるかも・・・ think sign02

1  トレッキング・パーミット sign01

  これを取得しないと、トレッキングできません。

   トレッキングルートには、チェックポストがあり、

  パーミットを提示しなければなりません。

俺にとって特に必要なのは”雨具”だ。これは防寒にもなる。なるべく、と言っても、元々荷物は少ないが、体に負担がかからない程度の荷物で行こう、と思った。その結果、デイバッグにシュラフを縛りつけただけの荷物となった。皆が言うには、「どうせ風呂もシャワーもないんだし、洗濯もできないんだから、着替えたって意味がないよ wobbly 。同じものをずっと着てればいいんだよ。誰だって同じだから coldsweats01 sign01 」だそうで、着替えは最低限だけにした。

スルジェハウスの夕食は、日本食がメインの日替わりメニュー restaurant 。ハンバーグ、五目ずし、てんぷら、カレーライス・・・ delicious 。カレーライスは日本のものと同じで、とても懐かしく感じた。半月のローテーションで、メニューが最初のものに戻るそうだ。

トレッキングの準備がすべて整い、いよいよ出発前夜となる。金井さんと岩田さんは2日前に既に出発していた。彼らは「君は若いから、きっと途中で追いつくよ wink 」と言って、ヒマラヤ山中での再会を約束した。

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コメント

藁屋根の家なんて日本の農村みたいですね。忘れていた景色、郷愁を誘われます。50年前私が農村の学校に赴任したころは藁屋根が残っていました。今は一軒もありません。それにしても、日本人はどこまでも冒険を求めていくようですね。島国に閉じ込められているよりいいことですよね。外から見ると国への見方も違ってきますものね。


hannaさんへ

ここに掲載した写真は、実は”絵葉書”なんです。この写真が、ポカラのどの辺りかは分かりませんが、中心部はもっと都会(?)でした。しかし、私がポカラで最初に泊まったところは、藁屋根でした(笑)。
でも、ネパールには今でもきっと、藁ぶきや、茅葺きの屋根の民家が残っていると思います。白川郷や五箇山の合掌集落の民家ほど大きくないものの、なぜか「懐かしい!」と感じる風景が、あちらこちらにありましたヨ!
日本は島国ですから、”大陸”に憧れるのかもしれませんネ!hannaさんのおっしゃる通り、外から見ると、また違った日本に気が付きます。少しでも若い時に、多少なりとも体験・実感できたことは、私の心の”財産”でもあります。

投稿: hanna | 2009年5月21日 (木) 08時59分

威厳を感じる山に見えますよ。
あんな頂点に人が立てるのかと思いますね~
いつかは行きたい海外トレッキングですが、まずは狭いニッポンを歩いてきますよ。
日本の山もそのように、全て申告制または入山規制や入山料の徴収をするようにしたらいいのにと思います。
そうすることにより色々準備や学ぶべき事を身につけ、安全で楽しい、事故のない山登りが出来ると考えます。


青龍○段さんへ

マチャプチャレ、この山の頂には”神が宿る”という”云われ”があり、ネパール政府(観光省?)は、この山の登山を固く禁止しています。ですから、この山は”未踏峰”の山なのです。
私が初めて経験した海外トレッキング、この時点での私の登山歴は、この3年前に信州で車山に登ったこと。それと初めて北海道へ行った時、大雪山の黒岳へロープウェイとリフトを利用して7合目まで行き、そこから黒岳頂上へ、そして北鎮岳、中岳、間宮岳、北海岳と、お鉢平を周り再び黒岳へ。この2回だけです。青龍○段さんなら、時間に余裕さえあれば、ヒマラヤ・トレッキングなんて”楽勝”ですヨ!いつか実現して下さい。何なら、お供しましょうか?
トレッキングに許可が必要なのは、理由はいろいろあるでしょうが、一番の理由はやはり「外貨獲得」でしょう。「観光」以外に、これといった産業もない国ですし、「世界最貧国」のひとつにも数えられる国ですから。でも、日本の山に「入山規制や入山料を徴収する」アイデアには賛成です。まだまだ平気でごみを置き去りにする、モラルのない登山者もいますし。本当に山が好きな人なら、お金を払ってでも行くでしょうし、ごみだって持ち帰るでしょう。そうでない人は、アッ!もしかしたら「お金払って山に来たのだから、ごみ処理ぐらいしてよね」なんて言う不埒な登山者も出てくるかも・・・?まぁ、そんな人にはいつか天罰が下りますから、放っておきましょう。

投稿: 青龍○段 | 2009年5月22日 (金) 09時50分

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