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2009年5月13日 (水)

印・ネ国境を越えて その2

3.国境へ

 パトナからラクソールへは、バス bus で5~6時間かかる。車窓からは亜熱帯の風景が広がる lovely 。バスの乗り心地は、決して快適とは言えないが sad 、それでも俺は「いよいよヒマラヤだ、ネパールだ heart02 」という気持ちで高まっていた。

ラクソールの街に着くと、さっそくリクシャマンたちが待っていた。バス・スタンドから国境までは、まだ2kmほどある。さらにその向こう、ネパール・ビルガンジの街へも2kmほど。ためらうことなく、俺はサイクルリクシャ(人力車の自転車 bicycle 版)に乗った。

リクシャマンたちは、もう何人もの旅人たちを乗せたのだろう、慣れたもので、こちらから言わなくても、イミグレーションオフィス(出入国管理事務所)、税関へと俺を案内してくれる confident 。出国審査も終わり、間もなくネパールだ。

しばらく行くと、大きなゲートが見えてきた。「あ~、あそこが”国境”なんだ confident 」。空は、いつの間にか夕日 sun に輝いていた。今、リクシャマンが俺を乗せて走っているこの道が、やがてインドの国のものでなくなるのだ。

4.国境を越えて

 俺を乗せたサイクルリクシャは、とうとう国境のゲートの前まで来た。そしてついに、ゲートを越えた sign01 俺は、その瞬間、後ろを振り返った。インドの道を sign03 そして向き直り、ネパールの道を見た sign01 不思議なことに、何の変化もない同じ一本の道だった。なのに、あのゲートを境に、支配する国が違うのだ wobbly 。人々の顔つきも、道路を走る車の種類さえ違う(インドは、インド国産の”アンバサダー”という車がほとんど。ネパールは、日本では”廃車同然”の中古車が多い)。

イミグレーションで入国審査を受け、7日間の観光ビザを取る(ネパールは、入国時に1週間のビザ取得可能。最高3ヵ月まで延長可)。そして税関を通り、ネパール通貨(ルピー、1ルピー≒11円。インドルピーとの比率、1:1.45)への両替を済ませて、この日の宿、サガルロッジへと、サイクルリクシャは走った。

5.エピローグ

 俺の初めての陸路での国境越えは、サイクルリクシャと共に体験した。両国の国境の街の人々は、お互いに自由に行き来できるそうだ。陸続きの国境というと、どうしても重々しく考えがちであったが、この国境は、俺にとって非常に平和的に感じられた confident 。銃を持った兵士がいるとか、あちこちボディチェックされるとか、細々といろんなことを訊かれると思っていたのだが、そんなことは全くなかった wink

しかし、異国なんです。見るもののほとんどがインドとは違っていました。ネパール人って、顔つきが日本人に本当によく似ているのです。インド人と全く違うのです。なんとなく親近感を覚えました。そしてふと、安心感が漂いました confident happy01

明日は、このネパールの首都、カトマンドゥに向かいます。何かいいことがありそうな、そんな予感がしました catface

6.そして・・・

 ネパールの旅の後、再びこの国境を超えました。もちろん、サイクルリクシャで。インドへ戻り、日本へ帰るだけだったので、あのゲートを越えた時、無性に寂しくて、切なくてやりきれなかった weep 。「あぁ、これが国境というものなのか shock sign03 」と。

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コメント

いよいよネパールですね。結構いくつかの国をもう通り過ぎていく。大陸の一部ですものね。日本とは違いますね。


hannaさんへ

ハイ!いよいよネパールです (^_^)ニコニコ!中国とインドという、アジアの二大大国に挟まれた小さな国ながらも、かつて一度たりとも”欧米列強諸国の植民地”になった歴史はありません。北はヒマラヤ山脈、南は野性の猛獣が棲むタライ平原という”天然の要塞”を盾に、自分たちの国を守ろうと、勇敢に戦ってきました。しかし、その素顔は、とても穏やかで、我々日本人とも顔つきが似ているせいか、とても親しみを感じます。
以前、何かの本で読んだのですが、「日露戦争」で日本が勝利した時、ネパールの人々は「”日本”という小さな島国が、あの大国ロシアとの戦いに勝った!」と、大喜びしたそうです。

投稿: hanna | 2009年5月15日 (金) 01時28分

国境、色々考えさせられますね~

でもこれを読んで感じたのが、ごく身近になったETCのゲートです。
柵な棒みたいな物で区切られていたのでしょうか?


青龍○段さんへ

色んなことを考えさせられますよね。なぜ、”国境”などという”線引き”をしなければならないのか?民族や宗教の違いによる争いとか?同じ”地球人”なのに!
私が越えたこの国境は、大きな門が建っていただけです。ETCのようなバーのようなものはありませんでした。
ちなみに、沢木耕太郎氏の「深夜特急」のTVドラマ版でも、この国境をネパール側から越える場面がありましたよ!そして、インド・ラクソールの駅や、そこからムザファルプールまで列車に乗って行ったシーン、私も全く同じルートをたどっていました。懐かしかった―!

投稿: 青龍○段 | 2009年5月16日 (土) 11時26分

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