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2009年5月10日 (日)

カルカッタ盗難事件 その6

8.航空券再発行

 次は、航空券 airplane ticket の再発行だ。パキスタン航空のオフィスが、カルカッタにはないので、これはネパール・カトマンドゥで申請することにして、まずバングラデシュ航空だ。オフィスへ行って説明し、領事館と警察からの2通の盗難証明書を見せたのだが、スタッフ曰く

「あなたは失くしたのだから、新しいチケットを買わなければならない think 。再発行はできない gawk 」と、あっさり言った。wobbly

「そんなバカな pout sign01再発行できることは知っている angry 」と、俺も負けない。

言い争っているうちに、だんだん喧嘩腰になってきた。元はといえば、自分が悪いくせに。しかし、モダンロッジの人たちや領事館でも言われたように、バングラデシュ航空のオフィスのスタッフの質(タチ)の悪さ、横着さは非常に有名なので、強気で押さないと、何もしてくれないらしい coldsweats02

フロントにいる連中では話にならず、マネージャー(支配人)に直接掛け合ってみたが、これもラチがあかない sad 。その後もほとんど毎日のように、オフィスへ顔を出した。うるさいほどしつこくしないと、事が前に進まないからだ coldsweats01

何日目かでやっと、再発行の申請のための必要な書類を教えてくれた。俺はそれらを揃えはじめ、残るは”Recieving Stamp(収入印紙?)”だけとなった。「郵便局 postoffice に行けばある」と言うので行ってみたが、その類の切手はないと言う wobbly 。インドには3種類の切手(?)しかなく、うち1つはバンクシャル・コートへ行かなければ扱っていない、とのことだ。

「一体どうしろって言うんだ wobbly angry !」と、途方に暮れている時、助けてくれたのが、ボビーという27才のインド人。当然、俺は彼を警戒していた gawk 。必要以上に!しかし彼は、俺のへたくそな英語を、とにかく理解しようとしていた confident 。そし驚いたことに、一緒にバングラデシュ航空のオフィスへ行って、何が必要なのかを、問いただしてくれたのである happy02

すると、「トレザリーかバンクシャル・コートへ行け」と、先ほどとは違う答えだ。俺には「郵便局へ行け」と言っていたのに wobbly 。ボビーは、さらにフロントの奴らに何か聞いている。

オフィスを出て、ボビーは彼の自家用車 car の前で同乗していた彼の母親を紹介し、俺に車に乗るように勧めた。彼がどういうつもりでいるのか、本当に親切心からなのか、まだ半信半疑だったが、今の俺には、もうこれ以上盗られるものは何もないことは、わかっているはずだ。俺は、一抹の不安を抱きながらも、「まさか、母親が一緒にいるのに、悪事は働くまい」と、彼を信じ confident 、車に乗り込んだ。

彼は初めに、彼の勤務先へと向かった。会社内に俺を案内し、彼の上司と思われる方が、俺と応対している間に用事を済ませていた。そして再び車に乗ると、「私の家で、一緒に昼食 restaurant を食べないか?」と、誘われた。すでに車の中にいるのだし、「いい happy01 」も「いや pout 」もない。

彼の家に案内されると、彼はまだ新婚ホヤホヤ heart heart で、新妻 heart01 virgo を紹介してくれた。なかなかの美人だ heart02 。そして昼食 restaurant 。さすがに家庭料理はおいしい delicious sign01マトンカリーにベジタブルカリー、パン・・・、レストランで食べるよりは、はるかにウマイ happy01 sign03

ボビーは、この近所で子供たちに柔道を教えているそうだ。確かに体格も立派だ。なるほど、どおりで日本人の俺に親切なはずだ。彼は自分が”親日家 fuji ”であることを証明するかのように、日本のことが書かれた本 book を持って来た。その本を見てみると、文章は英語だが、富士山 fuji や新幹線 bullettrain 、浅草の雷門 thunder などの写真 camera も載っていて、彼は俺に日本について色々尋ねてきた。

やがて彼は、バングラデシュ航空で言われたトレザリーの場所が分かったようで、俺にそこへ行くバス bus へと案内し、車掌にも何か告げていた。きっと、俺が降りるべき所を車掌に話してくれたのだろう。別れ際、彼は「また困ったことがあったら、ここへ連絡しなよ wink 」と、1枚の紙 memo を渡してくれた。そこには、彼の氏名、住所、電話番号、ここまでのバスのルートとバス停が書かれていた。

トレザリーへ到着したが、この日の業務は終了しており、翌日行ってみると「バンクシャル・コートへ行け pout 」と言われた。相変わらず、この国はよくわからん wobbly 。あちこちとタライ回しにされる weep 。バンクシャル・コートで10ルピー支払って”Recieving Stamp”をもらう。切手と呼ぶには、あまりにも大きい。A4サイズほどの用紙だ。この用紙に、なぜこれが必要なのかを記入し、航空会社のサインがいると言う。

バングラデシュ航空のオフィスへ行くと、スタッフは「これじゃない pout !レシービングスタンプだ angry !」と言う。「郵便局に行けばある pout 」と。これではまったく、元の木阿弥だ。俺は微動だにせず、彼らと睨み合う gawk 。もう、どうにもならん angry 、と思うや否や、カウンターをドン rock sign03 と思いっきり叩き、

「Do you know ・・・ JAPANESE SAMURAI sign02 (テメェ、日本のサムライを知らないのか?) angry pout angry bomb impact punch 」と、啖呵を切った pout

それまで俺を、邪険に扱ってきた男も、さすがに、ひるんだ wobbly のか、それとももう面倒で関わりたくなかった gawk のか、「ちょっと待ってくれ coldsweats02 」とでも言わんばかりに、両手で俺の怒りを制し、「そんなに怒るなよ。私には、何の権限もないから支配人と相談してくる coldsweats02 」と言ってマネージャールームへと消えた。しばらくして俺を呼び、マネージャーと引き合わせた。マネージャーは、

「再発行には、レシービングスタンプが必要なのだが、それはこちらで用意する。ただ、その代金10ルピーだけ払ってくれないか think ?」と言った。

「今10ルピー払えば、すぐに再発行するのか gawk ?」と訊くと、

「もちろんだ bleah

こうして、レシービングスタンプ代を現金で払い、航空券の再発行を完了した happy02 。申請から8日目。そして領事館へ行き、無事再発行された事を報告しに行く。大沢領事は「エッ coldsweats02 sign02 もう済んだの sign03 ここでは、かなり早いよ。ふつう2~3週間はかかる wink 」と、驚いていた。これで、カルカッタですべきことは終わった。

9.カトマンドゥへ

 バングラデシュ航空のチケット再発行後、2~3日はやはり疲れが出た shock 。どこへ行こうか迷っていたが think 、モダンロッジで出会った人たちが皆、「犯人は、まずネパール人じゃないよ。云々・・・」と言っていたのを思い出し、季節的にもいいそうだし。こうなったら、ネパールへ行って、自分の目でネパールという国と人々を確かめるしかない think

鉄道のチケットを予約し、10月19日夜、事件からちょうど半月。カルカッタからパトナ経由で、国境を越え、カトマンドゥへと向かった。

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コメント

なんだかうれしくなっちゃいました。こんなところで「サムライ」が役に立つとは。笑っちゃう。でも、すごいですね。よかった、よかった。お役所仕事も日本はずっとましかって思いました。


hannaさんへ

25年前のインドでは、日本はまだ「富士山、侍、芸者」のイメージがあったのでしょうか?それにしても、「サムライ」という言葉が、あれほど効果的だったとは!私も笑ってしまいます。文中にも書きましたが、日本領事館の大沢氏は「8日で再発行してもらえたなんて・・・」、と驚いていましたし、私の話を聞いて、彼も確か笑っていましたよ!
インドの人々に「勤勉さ」を求めても無理なところもありますので、かなり手こずりましたが、最後は日本の「サムライ」の勝利でした。

投稿: hanna | 2009年5月11日 (月) 10時44分

えらい擦った揉んだをされましたね~
ホントお疲れ様です。
私も若かった頃は同じような事を言ったでしょう。
(でも千葉にいたとき、酔い客が駅員に怒鳴っており通行の邪魔だったので、でかい声で・・・しかも関西弁丸出しで「ご注意」を差し上げたことが記憶に新しい(プッ))


青龍○段さんへ

精神的には、ヘトヘトでしたヨ!でも、救う神もインドの中にはいましたので!悪い人ばかりではない、と思っています。滞在先の宿でも、私が他の人たちに比べて、とりわけ若かったから、皆さんが可愛がって(?)くれたのかもしれません。大変な出来事に遭遇しましたが、皆の「思いやり」「あたたかさ」を感じました。私もそういう大人にならなければ!と思ったものです。

投稿: 青龍○段 | 2009年5月13日 (水) 00時13分

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