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2009年5月 5日 (火)

カルカッタ盗難事件 その1

1.モダンロッジで

 カルカッタ空港に降り立ち、荷物を受け取って外へ出る。どのバス bus が街まで行くのだろうか sign02 coldsweats02 、探していると、一人の子供が近づいて来て、バス bus まで案内してくれた。彼の目的は『お金 moneybag 』をもらうためだ。そんな事とは全く知らない wobbly 、海外旅行初心者は、「金をくれよ bleah 」と、手 paper を差し出す子供に「No! angry 」と、激しく拒否 ng 。後から考えれば、可哀想なことをしたのかもしれない think 。彼らは、不慣れな旅行者を相手に親切にガイドし、それを生業としているのだから。

バス bus に乗り、空港の入国審査時に「今日はどこに泊まるのか?」と尋ねられ、「決めていない」と答えると、「じゃあ、モダンロッジ hotel へ行くといい happy02 」と勧められたので、バスの運転手に「モダンロッジの近くで降ろしてくれ」と頼んでおく。

30分ほど乗っていただろうか、運転手に促され、バス bus を降り、モダンロッジを目指す。この辺りは”サダルストリート”と言うらしい。道すがら、人に聞きながら ear 、たどり着くことができた happy01 。部屋はドミトリー(相部屋;1泊10ルピー、1ルピー≒22円)とし、その部屋の客は、皆、日本人 fuji だった。情報を仕入れるには都合がいい happy02

隣のベッドの浦本氏は、俺がかつて釧路にいた頃、彼は知床でバイトをしていたそうだ。話しているうちに、お互いに知っている仲間の名前も出てきた happy02 。”ムネさん(広瀬氏)”である。浦本さんの話によると、彼の北海道での仲間と偶然、この旅の途中で会って、その人から「ムネさんとも会った。今頃はネパールにいるんじゃないか?」と、聞いたそうだ。

インドでの最初の夕食は、同じ部屋の人たちと共に happy01 、近くのレストラン restaurant でカリーにした。日本のカレーと違い new 、スープのようなもの。ポテトカリーなら、ジャガイモが丸ごと一つ、エッグカリーなら、ゆで卵が丸ごと一つ入っている。それをライスにかけながら食べるのだ。日本のカレーは、あくまでカレーであって、カリーではない think 、ということが良く分かった confident 。でも、おいしい delicious 。旅行者相手が多いのか、辛さは多少控えてあるのでは?、と思う。

 翌10月2日、ロッジ近辺をうろつく。ニューマーケットへと足を運ぶ。この国の男性が着ている”クルタ・ピジャマ”を買うつもりで。どこもかしこも、ずいぶん高い shock 。買わずに引きさがると「○○ルピーにするから」などと言って、値を下げてくる downwardright 。それでも「いらない gawk 」と言うと、さらに下げてくる down downwardright 。「これがラストプライスだ down end sign03 」と言って、これ以上は負けられない、と暗に示している。これが彼らの手なのだ。その値で買ったとしても、彼らにとっては大儲けなのである。

しかし、この国、この街はいったい何なんだ sign02 どこからともなく「トモダチ」という声がかかったり、「金をくれ」と、しつこくついてくる乞食。そして、ガンジャやハッシーシなどの大麻売り。まとわりつくようなうっとおしさだ。

同じロッジに滞在している日本人の人たちから「今だったらヒマラヤfujifujifuji 見るには絶好の季節 good だよ。暑く sweat01 もなく寒くsnow もなく、雨 rain もほとんどないし。12月になると雪 snow が降り出すかもしれないから、先にネパールへ行って、その後インドを周ったほうがいいんじゃない wink sign02 」と、勧められた catface 。そうか sign03 ならば先にネパールへ行ってから、インドを旅しよう wink 、と決めた。

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コメント

貧富の差は大きく、貧しいものは極端に貧しくとも、社会が、というより貧しい人たち自身がそれを当然のことと受け取っているから難しいですよね。インドも変わりつつあるようですが、カーストなどの身分制度が残る国では民主化も大変な仕事だと思います。日本にも60年くらい前にはまだ物乞いの習慣があったけれど、最近は見なくなりましたね。


hannaさんへ

貧富の差は本当に激しかったです。ぼろぼろに破れ、汚れきったシャツを着て、母親と共に路上生活している子供がいる傍ら、制服を身にまとい、学校へ通う同い年ぐらいの子供もいました。あまりの差の大きさに、カルチャーショックを受けたことも事実です。今でも少なからず、カーストは残っています。生まれてきた時点で、その子の将来が決まるなんて、やり切れない思いです。
最近の日本では確かに見かけませんが、その代わりホームレスの人々や、ネットカフェ難民と呼ばれる人々が増えていることは事実。もちろん、その人自身の問題もあるでしょうが、今の日本の社会にも、そのような人々を生みだす土台があるのでは?と思います。

投稿: hanna | 2009年5月 6日 (水) 09時37分

ドミトリーはその時でも安いのですねか~とても魅力的な値段です。
あの物売りの交渉はどこまでが本音価格なんでしょうね!?謎です。


青龍○段さんへ

25年前とはいえ、1泊220円は、当時の喫茶店のコーヒー1杯分。物価の違いを実感します。インドでは、現地人プライスとツーリストプライスがある、と言っても過言ではありません。ツーリストプライスは現地の人々が買う値段の10倍!と考えたほうが良いようです。ですから、最初の言い値の半分になったとしても、実際には5倍の値段。これ、インドでの常識!です。彼らから見れば「お前たち日本人は、インドまで旅行に来られるくらい金持ちなんだから、少しぐらい高く払ってくれたっていいだろ?!」というのが本音ではないでしょうか?

投稿: 青龍○段 | 2009年5月 6日 (水) 19時19分

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