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2009年5月16日 (土)

赤褐色の街にてⅠ その2

2.カトマンドゥの街中で

 カトマンドゥの街の朝は早い。日の出から人々が活発に活動しているようだ。とはいえ、あまり早く起きても、何もすることがない旅人 wobbly は、ゆっくり起きる。朝起きて初めにすることは、やはり洗面とトイレ。そして外出し、朝食を食べに行く。パンやドーナツは、そこら中で売られているので、すぐに食べられる delicious

食後は、その日その日によってあちらこちら歩き回った。ラトナパークの芝生にゴロンと寝そべったり、この公園内のバザールを見て回って買い物を楽しんだり happy01 。カンティパトやニューロードといったこの街、いやこの国一番のメインストリートを歩いたり。ニューロードは、間違いなくこの国一番の繁華街で、宝石店 ring 、時計店 watch 、お土産屋 present など、高級な店が建ち並んでいる。また、航空会社 airplane 、銀行 bank なども、この道沿いに多くそろっている。にもかかわらず、それらの店の前で、野良牛 taurus が横たわっていたり、夜 night 8時過ぎには人通りもほとんどなくなって、開いている店も少ない shock 。そして突然、野良牛 taurus が「モゥ~!」と吠えるのである。笑ってしまう happy02

23  ラトナパークのバザール

  ここへ来れば、たいていのものが

  安く手に入ります。

24  ニューロードの東端です。

 ネパール一の繁華街です。

スーパーマーケットという名の、ちょっとした「デパート」もある catface 。ここには、おそらくこの国唯一(?)の「エスカレーター」があった coldsweats02 sign03 。ここ以外では、全く見たことがない wobbly 。ほとんどの店は、テナントとして入っているようで、高級サリー(インドやネパールなどの国の女性の、正装用のドレス)を扱う店が多かった。他にも、おもちゃや文房具、日用雑貨、食料品などを扱うお店もあった。しかし、ここでこれらのものを買うことができる人々って、いったいどれほどいるのだろう think  sign02

さらにニューロードを進むと、観光案内所 info02 があり、ハヌマン・ドゥーカ(旧王宮)があるダルバール広場。この広場の前にも、土産物を扱ったバザールがあり、また、この広場に面して”クマリの館”もある。”クマリ”とは”生き神様”のことで、まだ初潮を迎える前の、汚れのない処女 virgo の中から、厳正に選ばれるそうだ。こうして選ばれた”クマリ”は、この館内で1日中を過ごし、外へ出ることは、ほとんどないそうだ wobbly 。そしていつか、初潮を迎えると、”クマリ”ではなくなり、その座を次に譲らなければならない shock

”クマリ”を目にすることは、ほとんど無理 sign01 なのだが、いつだったか一度、一緒に歩いていた人が、この”クマリの館”に向かって大声で「クマ~リ~ sign03 」と叫ぶと、窓から幼い顔の少女 virgo 、つまり”クマリ”がちらっと顔を見せてくれた heart02 happy01 。その顔は、どちらかといえば”無表情”だった sad が、あどけない顔をしたまだ7~8才位の少女に見えた wink

ダルバール広場周辺には、他にもたくさんの寺院がある scissors 。どれも歴史的に貴重な建物ばかりだ good 。シヴァ寺院、ガネーシュ寺院、そしてカーラ・バイラブ像、ハヌマン像など、世界的な遺産ばかりだ lovely

ダルバール広場から北東へ延びる道が、インドラ・チョーク。この道沿いも、土産物から生活雑貨を扱う店が建ち並んでいる heart01 happy02 。そして、タメル地区もこのところ、賑わいはじめているらしい。土産物屋や旅行者用のゲストハウスが何軒かあるが、まだ新しいせいか、料金がやや高い shock

俺が宿としているストーンハウスロッジ近辺では、お店の名はないが、サキャさんが経営するお店によく行った scissors 。サキャさんとの出会いは、ある日の夜、たまたま店の前を通りかかった時に、彼が「こんにちは wink 」と日本語で声をかけてくれたのがきっかけだ。彼の店は、少しばかりの食料品と雑貨を扱っていた。サキャさんは、1年ほど技術研修のために日本へ行ったことがあるそうで、それ故、日本語ができるそうだ。彼は、「あなたがここに来るときは、日本語で話して下さい wink 」と言ってくれた happy01 。それからは、彼の店の前を通るたびに、彼がいるかどうか eye 覗いていた。彼がいると、何も買うものがなくても weep 立ち寄って、彼と日本語で会話し happy01 、いつもコーヒー cafe をご馳走してくれた。そうして彼との友情が始まった scissors

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コメント

生き神様のいる世界なんて神秘的ですね。でも、少女にとって幸せなことかどうかは疑問ですが。最も日本だって皇室に嫁いだ女性は、笑顔が張り付いていますものね。無表情よりはいいけれど。どうでもいいことを考えてしまいました。母の面倒を見るので寝不足のせいかな。


hannaさんへ

実は、幼い頃「クマリ」に選ばれた女性は、「幸せになれないことの方が多い」と言われているそうです。そして「クマリ」が無表情なのも、理由があります。「神様」ですから喜怒哀楽をうかつに出せないのです。「クマリ」が怒ったり泣いたりすれば、何か悪いことが起きる、と思われてしまいます。それほど信心深い国民ですから。
お母様のお具合、いかがですか?大変そうですね。hannaさんが倒れたりするようなことにならなければいいのですが。メールしようと思いましたが、気を使ってすぐにお返事しようとするのではと思い、ここでのコメントのお返事で心配している気持ちだけでも、お伝えいたします。

投稿: hanna | 2009年5月17日 (日) 13時46分

野良牛が街中にいるのは驚きですね~
先日のポンポン山では舗装路をヤモリがノタノタと歩いていましたよ。
昨日に続き同様な質問ですが、食料品はどのような物が売っていましたか?
日本人であればなじみ深いカップヌードルがあったかなどが気になるところです。
トイレも気になりますね~
いつも山に行くときはロールペーパーを持っていきます。

青龍○段さんへ

ヒンズー教では、牛は「神聖」な動物です。決して粗末な扱いをしたり、ましてや殺したりは絶対にしません。牛にとっては「天国」で、そこら中に「野良牛」がいます。ですからネパールでは「牛肉」は食べられません。タブーです。バフ(水牛)やヤク(高地に棲む牛の仲間)の肉は、良いそうなのですが・・・。
食料品は、中国やインドからの輸入物や、欧米諸国などの登山隊が余ったので売って行ったのでは、と思われるものが多かったかな?これらについても、日を改めて書き綴ろうかと思います。

投稿: 青龍○段 | 2009年5月17日 (日) 16時06分

こんばんは。カトマンズは 賑やかな活気のある町なのですね。
のら牛がいる半面、首都ですから、ビルもありますか。 何階建てぐらいが平均なのでしょう・・
サキャさんと また物語が始まりそうですね・・!


bellaさんへ

ずいぶん前、ネパール好きな女性友達と、こんな話をしたことがあります。「日本の”人混み”とカトマンドゥの”人混み”は、質が全然違うよねー!”有機質”と”無機質”、こう言うと、分かりやすいかな?」と。要するに、人々から発散される”エネルギー”が違う。熱い心と、冷めた心。私は、カトマンドゥの街のエネルギッシュな活気が、大好きです。ですから、何日も何週間もいられるのでしょうが。
ビルは・・・、唯一エスカレーターがあるデパートで、たしか4階建てか5階建てだったはず。ネパール銀行も、せいぜい4階だったと思います。むしろ、古くからあるお寺の塔のほうが、高かったかも?
サキャさんとのことは、この旅行記の後半で、また書きます。お楽しみに!

投稿: bella | 2009年5月20日 (水) 21時28分

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