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2009年5月19日 (火)

赤褐色の街にてⅠ その5

5.してはいけないもの

 ”いてはいけないもの ban ”、といえば当然、”あれ” です。そう ”あれ” です。世間では ”大麻” とか ”麻薬” と言っています。こちらでは ”ガンジャ(マリファナ;大麻の葉を乾燥させたもの)”、”ハッシーシ(チャラス;大麻の樹脂を固めたもの)” が、特によく売られています。もちろん、ネパールでも違法 ban であることに違いはありません。しかし、いとも簡単に手に入れることができるらしいのです wobbly (が、俺は決して買ってはいません。だって見つかった時、怖いじゃん weep )。

このストーンハウスロッジの日本人旅行者の中には、この大麻に溺れている人もいました。溺れてはいないものの、興味半分でしている人もいました。ある日、俺は彼らに誘われ、話をしているうちに好奇心 catface から、大麻を吸ってみました smoking 。ここ2年以上禁煙 nosmoking していた俺は「これも、日本では絶対に経験できないものだ~ sign03 」と思って、大麻を体験した。

その感想は、「ぶっ飛んだ~ sign03 wobbly 」。その時は皆でウィスキーを飲みながらだったけど、話が1からすぐに10になり、そして新たに1から始まりアッという間に10まで話がぶっ飛ぶ wobbly sign02 煙草 smoking ほどの害はないと言われるものの、アルコール bar と一緒では、やはりかなりヤバいものだ think 。これを知ったことも、俺にとっては一つの財産かもしれない bleah

注;後にも先にも、私の「大麻」体験は、この一回きりです。文中にも書きましたが、ネパールでも「大麻」は違法ですので、これを読んで「ネパールへ行けば、大麻が吸える」と誤解することがないよう、書き加えておきます。

6.インドでクーデター?

 とある夜、夕食後の帰り道、あちこちで人々が皆ラジオ slate に耳を傾けている。その表情は皆、真剣だ。「何かあったのかな think ?」と思って尋ねてみても、彼らの早口の英語では、こちらはついていけない coldsweats01 。しかし、インドで何かが起こったらしい、というのは分かった。

そして次の日、このストーンハウスロッジに滞在している一人の日本人がこう言っていた。「インドでクーデターが起こったらしい。日本の新聞でも、一面トップで載っているんだって!」と。インドの”インディラ・ガンジー首相”がシーク教徒によって暗殺されたようだ。それによりインドは、大混乱だとのこと wobbly 。インドへの渡航・入国も自粛するよう言われているらしく、これにより、インドが平穏を取り戻すまでは、ネパールに滞在せざるを得なくなった。

教えてくれた男性は、たまたま日本へ用事があって、電話 telephone をかけたところ、この事実を逆に教えられたそうだ。俺は両親へはもちろん、俺が今インドを旅していることを知っている人たちすべてに、手紙 mail を書いて送った。”俺は今、ネパールにいるから大丈夫だ happy01!”と。2~3日中にはポカラへ移動して、トレッキングに行くつもりだ。同じロッジに泊まっている金井氏や岩田氏の勧めもあって、トレッキングしようと思った。

*帰国後、両親の話によると、インドでのクーデターが報じられてからは、毎晩のように誰かから「何か連絡はありましたか think?」という電話 telephone が何本もかかってきていたらしい。インドへ行ったことは知っていても、ネパールへ移動したことは、両親でさえ、まだ知らせていなかったのですから!日本での心配をよそに、当の本人は、のほほんとお気楽に旅を続けていたのです happy02 (笑)!

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コメント

いけませんね。ご両親には所在だけでも知らせておかないとね。人によっては大麻が違法になったのは、タバコ栽培の財閥の横車だという説もあります。あとになっての影響は大麻の方がないとか。ま、私には縁がない話なのですが。何か余分のものがないと人生は楽しくないって人もいるでしょう。禁酒禁煙のストイックな生き方でも、楽しいって人もいるし。難しいですね。


hannaさんへ

わぁー!ごめんなさい!「若気の至り」で、かっこつけて、親に連絡もしていませんでした。でも、この教訓をきっかけに、それ以降の海外旅行の際は、手紙や電話、必ず何度かはするようにしました。ドイツへ旅したときも、友人が「電話しなよ」と言って、自宅の母に電話して、無事到着した旨、伝えました。ですから、お許しをー!
大麻は、確かに私も「煙草ほどの害はない」と聞いたことがあります。ただ、その「たばこ財閥の横車」は、初めて聞きました。いずれにしても、私にとってもすでに縁のない話です。しかし、今の私には「禁酒禁煙」は、私の精神衛生上、とてもムリです(泣)。

投稿: hanna | 2009年5月20日 (水) 09時21分

ぶっ飛びましたか! ちょっとだけよ~のつもりが 深みに嵌らず、よかったですね~  

日本にいると、海外の国の一部で何かが起こっても、国全体が危ないような気がしてしまうのですよね。 逆に日本全体がサリンで危ないとか、放射能が全部に汚染されたとか、インフルエンザが蔓延してるとか、思われてしまいますね。 心配という心に戸は立てられません・・  仕方ないですね~


bellaさんへ

ハイ!あのときは”ぶっ飛びました”!みんなのテンションも、上がっていたし。それと「若気の至り」とはいえ、「溺れず」にすんだのは、我ながら「理性、常識」だけは失っていなかった!証拠だと思います。
この時のインドでの事件は、インド全体が大変だったようです。帰国前にカルカッタで長期滞在者に話を聞きましたが、常に銃声が聞こえたそうです。両親はもちろん、兄弟、友人知人の心配がどれほどだったか?帰国後、思い知らされました。以後、海外へ行く時は、できる限り手紙や電話をするようにしています。

投稿: bella | 2009年5月20日 (水) 22時09分

違法でありながら簡単に手に入るのが、お国によって事情が異なるのでしょうか?
世界は広い、と妙な納得の仕方です。


青龍○段さんへ

そうですね~、違法ながらも、どのようにして簡単に手に入れているのかは知らないのですが、ヒマラヤ山中へ行けば、ケシの花が自生していることも事実ですし。あまり深く考えたことはありません。ただ、中毒になると、目の焦点がいつも泳いでいて定まっていない、ようですので、”中毒者”はすぐに分かります。現に、そうなっていた日本人の旅人もいました。皆、彼を心配して、「いかにして止めさせるか?このままでは日本に帰れなくなるぞ!」と、話し合ったこともありました。そして、彼よりも年配の旅人たちが、彼を注意し説得し始めた、ような気がします。なにぶん、古い話ですので記憶も今一つ曖昧です。すみません。

投稿: 青龍○段 | 2009年5月22日 (金) 09時44分

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