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2009年5月 7日 (木)

カルカッタ盗難事件 その3

4.事件発生

 いくら待っても2人は戻ってこない。「まさか・・・ coldsweats02 」の不安を感じた時、動物園の出口へ向かい、急いでタクシー car を拾ってハウラ駅へと向かった。そしてクロークルームへ。預かり証を差し出すと、係員は怪訝な顔つき think で「これは違うよ」と言う。しかし、確かに俺の名前も、パスポートナンバーも書かれている。窓口でもめていると、別の係員が

「あなたの荷物は、あなたと一緒に来た男が、1時間ほど前に取りに来たじゃないか gawk 。だからもう、ここにはないよ」と言う。

「なんだって wobbly !じゃあ、この紙は何なんだ angry ?」

「それは我々が発行している預かり証ではない pout

彼らに本物の預かり証を見せてもらい、さらに念のために、クロークルームを奥まで捜させてくれと頼み、捜してみたが、やはり、ない shock

かようにして事件は起こった。いや、起こしてしまった、と言ったほうが、今となってはいいのかもしれない。モダンロッジの人たちから、あれほど注意するよう言われていたのに・・・ crying 。自業自得、と言ってしまえば、全くその通りである。

5.野宿

 起きてしまった、いや、起こしてしまったと言ったほうが正解かもしれないが、とにかく動くしかない run 。何から始めていいのか分からないが、まず、自分が荷物の盗難に遭ったということを、あちこちで話し始めた。駅構内のブッキング・オフィスやポリスボックス(だと思う)に掛け合って見たが、「あっちだ、そっちだ」とタライ回しにされ、いい加減、頭に来たが angry 、ポリスボックスと思っていたところは、鉄道公安所か、それとも別の組織だったらしい coldsweats02

夕方5時過ぎに、やっと警察へたどり着いたのだが、詳しい話も何も聞かず、ただ「日本領事館へ行け gawk 」と言うだけである。まったく、取り合ってくれる雰囲気ではない sad 。しかし、俺も必死だ。「領事館の場所も知らないし、第一、金がない。どうしたらいいんだ pout ?」と、真剣に訴えた。一人のポリスマンが、わずかばかりのお金 moneybag を俺に渡し、バスへと案内し、車掌に何か話している。俺はそのバス bus に乗り、車掌に言われたところで降り、日本領事館へ着くことができた confident

しかしすでに、6時を過ぎているし、プジャの祭りでこの日まで領事館は休館だったそうだ。それでも4人ほどインド人の領事館員(?)がいて、必死で説明をする。俺はもう、半ば開き直りかけていた coldsweats01 。彼らにも「金がないから何も食べられない。でも腹が減った。今夜は泊るところもないから、ここで寝かせてくれ」と、彼らにとっては理不尽で無茶苦茶な要求。しかし、言ってみるもので、近くでジュースとビスケット、夕食も頂いた happy02

さらに、領事館近くのお寺がある広場へと案内され、簡易ベッドとシーツを持ってきてくれて、俺はこの晩、ここで野宿した coldsweats01 。周りを見ると”宿無し”のインド人たちが大勢いる。彼らはいつも、ここでこんな風に寝ているのだろうか?俺は、これ以上取られるものはない、と言ってもパスポートだけは身につけていたので、これだけは絶対に盗られまいと、注意を払った。

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コメント

すごい経験をなさいましたね。いくらとられるものがなくても不気味だったでしょうに。怖い怖い!sad


hannaさんへ

今思えば、あの時はパニックでもあり、開き直りもし、それでも必死だったと思います。「このまま俺も、インドで路上生活するのか?」という悲壮感さえ、あったんじゃないかな?野宿した時の周りの人々は、案内してくれた領事館員から何か言われたみたいで、私の方を哀れむような(?)顔で見ていたのを覚えています。それにしても、まさかインドで野宿することになろうとは?想定外の出来事でした。

投稿: hanna | 2009年5月 8日 (金) 17時27分

こんばんは。 連休はいかがお過ごしでしたか。 あっという間でしたか? 私は巣篭り派で、PCの整理と語学の勉強で、目ばかり疲れました。
募辺未行さんの旅行記、ご自身もおっしゃっていた通り、お若い頃の、初々しい、ハラハラ感が なんともいとおしいですよ~
現在でも、お人柄のよさが 随所で感じられますが、いろいろ経験を積まれるスタートの時代があって、今があるのですね~

よく、外国で騙されやすいのは、言葉的に、ちょうど下手と上手の中間あたりにいる人だ、と言われますが、まさに、当時の募辺未行さんがそうだったのでしょう (今では語学の達人ですが!)

MyDannaさんは、68年からの英国留学をきっかけに、先進国より寧ろインドなど後進国をたくさん訪れて、旅先の危ない話、面白い話をいろいろ聞かせてくれていますが、募辺未行さんの 詳細な旅日記で きっとこうだったのだろうなあ、と想像をめぐらせています。 お若い募辺未行さんの時代より、もっと不便だったことでしょうが・・・

話は違いますが、昔東京からパリに帰る時、ギリシアに寄って行こうということで、南回りを使ったのですが、飛行機のエンジンが片側完全停止して、バンコクに、緊急着陸したことがありました。
お陰で、日航持ちで、バンコクに1泊、楽しく観光しました。ただ1月というのに、暑いあつい、むしむしして、びっくりでした。
私の、あとにも先にも唯一の、後進国経験です!


bellaさんへ

GWは、私もどこへも行かず、のんびりしていました。この時期、どこへ行くにも混雑と渋滞は避けられませんので。
語学の勉強と言いますと、何語でしょうか?英語とフランス語はきっと、ペラペラでしょうから・・・!
今回、ずいぶん昔の旅日記を公開することにしたのは、この旅に私の旅の原点、そして今の自分があるように思えたからです。良くも悪くも、私自身という人間、人格、考え方・・・、色々な面で影響された旅でもあります。「この旅の経験があるからこそ、今の自分がある」みたいな。
ところで・・・、私なんぞは「語学の達人」なんかではありませんヨ (^_^;) !まともに話せるのは日本語だけです。英語もドイツ語もネパール語も、片言程度、いや、それ以下のレベルです。でも、外国の方と接するとき、言葉ができるかどうか云々より、いかに自分の気持ちを伝えるか、いかに相手の気持ちを理解するか、ハートの問題だと思っています。そりゃあもちろん、言葉ができるに越したことはありませんが、人間、一番大切なのは「心」ですから!お互いの「誠意」だと信じています。ですから私は「誠意」のない人、「誠意」が伝わらない・受け止める気がない人とのお付き合いは、したくない!と、いつも思っているのです。
bellaさんのご主人様は、アジアをよく旅されたのですか?もしかしたら、アフリカや南米などへも行かれたのでしょうか?もし、そうでしたら、私は興味津々です。まだ行ったことはありませんが、いつか必ず行く!と、夢に描いています。
バンコクは1年通して暑いですからねぇ!やはり私が若い頃ですが、1月に北海道を旅し、内陸部の陸別町で氷点下30℃以下の中、 ”しばれフェスティバル” に参加し、翌月、タイ・バンコクを訪れ、30℃以上の気温・・・。わずか1か月の間で気温差、約70℃を体感しました。それでもなぜか、体はしっかり順応していました。

投稿: bella | 2009年5月 8日 (金) 22時11分

おはようごさいます。
エライ災難でしたね~
でもお金とパスポートだけ持っておられたのはまさに不幸中の幸い。
おかしな事は駅で預けた物がなくなり、預かり証がニセ物とは・・・下手人は同じような事をしているのでしょうね。
あ~段々腹立ってきましたよ。


青龍○段さんへ

災難というか、起こすべくして起こしてしまったようなものです。パスポートがあったのは、本当に幸いでした。これさえも盗まれてたら、どうにもならなくなるし。彼らは、似たような手口で、人をだまして得たもの(特にカメラ)を売って、働くことなく生活しているのでしょう。彼らの感覚では、「だますより、だまされる方が悪い」そうですから。我々日本人には、とても許せない考え方です。

投稿: 青龍○段 | 2009年5月 9日 (土) 11時12分

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