2018年10月15日 (月)

敵・味方なく・・・

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/!

10月半ばになり、すっかり秋の風情ですね。いかがお過ごしでしょうか?

プロ野球は公式戦をすべて終え、日本シリーズ出場をかけてクライマックスシリーズの真っ最中。その一方で、今年限りで現役引退する選手もたくさんいます。
我が地元・中日ドラゴンズは6年連続Bクラスで、今ではすっかり応援熱も冷めてしまいましたが、6年連続Bクラス以前の落合監督時代はまさに黄金期でした。
その強かったころの中心選手が引退を表明し、先日行われたナゴヤドームでの今季最終戦後にセレモニーが行われました。そのセレモニーに中日の選手だけでなく、この日の対戦相手だった阪神タイガースの選手3人がチームの枠を超えて参加していました。

この日で引退するのは、荒木選手と岩瀬投手。そしてセレモニーに参加した阪神タイガースの選手は、かつてはチームメイトであった福留選手と高橋投手、そして北京オリンピック・野球日本代表でチームメイトであり、岩瀬投手の良きライバルでもあった藤川投手。

試合には荒木選手は一番・セカンドとして先発出場。6回にまわった打席では、元同僚で3年前にFAで阪神へ移籍した高橋投手が恩返しの登板をしました。この登板は高橋投手が志願し、金本監督も応えてくれたそうです。
そして9回2アウトから岩瀬投手が登板しました。そして阪神は代打、福留選手です。二人は1999年のドラフト1位2位で中日に入団した同期です。それだけに二人の思いは人一倍でしょう。岩瀬投手が登板した時点で福留選手が代打で出ることは、決めていたのでしょう。阪神・金本監督の粋な采配にも感謝です。

セレモニーが始まり、荒木選手に阪神・福留選手と中日・大島選手から花束が、岩瀬投手には阪神・藤川投手と中日・山井投手から花束が贈られました。

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荒木選手の下へ花束を持って近づく阪神・福留選手。二人は同学年で中日の黄金期を支えました。

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岩瀬投手へ花束を渡し抱擁しあう阪神・藤川投手。お互いチームの守護神としてリーグを代表する投手でした。

そして両選手の胴上げ、そして記念撮影にも阪神の3選手も参加していました。

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荒木選手を胴上げするチームメイトの輪に、阪神タイガースの福留選手、藤川投手、高橋投手も参加しました。

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全員での記念撮影にも3選手が参加。

公式戦ではお互い敵として戦うチーム、しかし敵・味方の枠を超えて引退する選手のセレモニーに参加した阪神タイガースの3選手と、そしてこの3選手の参加を快く受け入れた中日ドラゴンズの選手の心意気に清々しい感動を覚えました。

*写真はすべて「中日ドラゴンズ公式サイト」から引用させていただきました。

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2018年10月 8日 (月)

”旅仲間たちの声”(その11)

皆様、おはこんにちばんは o(*^▽^*)o!

この連休、当初は台風の影響が懸念されましたが、この地方はほとんど影響はなく心配は杞憂に終わりました。しかし、1ヶ月前に地震被害があった北海道はどうだったのか、やはり気になります。10数回も旅した大好きな北海道ですから!

少し間が開きましたが、”旅仲間たちの声”を紹介しましょう。
今回は、すでに亡くなられた方の寄せ書きを彼との思い出とともに書き綴ります。

”1年かけて全国を回ってきます。北海道は10月末までいます。どこかで再会しましょう。”

これは1981年9月、然別湖畔温泉YHで出会った横浜からのサイクリスト。直前に来た台風の影響でYHには泊まれず、隣にあったホテルの大部屋に他のホステラーとともに泊めていただきました。その時に書いた頂いた寄せ書きです。

次の正月、この寄せ書きを残してくれた彼から年賀状が届きました。そこには「○○の宿で留守番をしています」と書かれていました。10月末どころか、まだ北海道にいるとのことでした。私はそのあとの2月に、冬の北海道を初めて旅する予定で「もしかしたら、どこかで再会するかも・・・?」と思っていました。

そして2月。札幌雪祭りをかつて九州で出会った旅仲間とともに見学し、その後はそれぞれの旅をしました。ある日、紋別流氷の宿YHに泊まり翌朝の朝食後、出発までの間に掃除の手伝いをしていた時、チェックアウトする人の声、会員証を返してもらう際に彼が言った名前を耳にして、「エッ?○○さん?横浜の・・・?」と私が訊くと彼は驚いて私を見ました。私は続けて「去年、然別湖畔YHで会った名古屋の○○です。」と言うと即座に思い出したようで、「あぁ!覚えてます。」と返してくれたんじゃなかったかな・・・?!

私はその日、YHに連泊で国鉄で2駅離れたところをのんびり歩くつもりで、列車の時間までYHにいようとしていました。そして彼に話を聞くと・・・なんと、歩いて北海道一周するとのこと。しかも、雪が降り積もる真冬に!これにはビックリしました。しかし彼は「せっかく会ったのだから」と、一緒にYHの掃除を手伝い、私が出発するまで時間を共にしてくれました。その時に書いていただいたのが、次の寄せ書きです。

”5ヶ月ぶりの再会です。今回は冬のオホーツクラインを歩いて回ります。これが終わったら4月ごろまで朱鞠内の「○○の宿」という宿で留守番をしています。又どこかで再会しましょう。”

その年のゴールデンウイーク、私はある目的があって北海道へ渡り、そして三たび彼と朱鞠内の宿で会いました。その翌日、彼は自転車で日本一周の旅を再開しました。
さらにその後、横浜の彼の自宅に泊めていただいたことが2回あります。2度目の時は、ある事情で急遽どこかに泊まらざるを得なくなり、すでに夜でしたが彼に電話をしお願いしたら、快く泊めてくれました。それどころか彼の御両親も私のことを覚えていてくださって、突然のことというのに歓迎してくれたことを今も覚えています。

しかし、ある年の正月、思いがけない知らせを受けました。毎年正月1日には必ず届いていた彼からの年賀状が珍しくなかったのです。そして1週間ほど経った頃、彼の御母上様から葉書が届きました。そこには信じられない・・・いや、信じたくない言葉が!
「昨年7月、剣岳で山岳事故に遭い亡くなりました」と。
本当にショックでした。当時まだ40歳前後だったはずです。私は「嘘だろ?○○さんが亡くなったなんて・・・」と、呆然としていたと思います。それでも、私からの年賀状を見て彼の死を知らせてくれた彼の御母上様に電話をし、お悔やみと知らせていただいた感謝を伝えました。
私にとって彼は、旅先で出会った”兄貴”のような人でした。

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   1981年9月、北海道・然別湖畔にて。

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2018年10月 1日 (月)

台風一過の夕方のベランダ

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ!

今年は大雨や台風が次々と日本列島を襲っていますが、皆様のところは被害はありませんでしたか?

昨夜の今ごろは風雨共に強く、風の音はまるでうなり声をあげているような激しさでした。
その台風も、未明には通り過ぎたのか今日は午前中から台風一過の青空が広がりました。

夕方、リビングのカーテンを閉めようと、ふとベランダを見ると・・・この夏の酷暑で一度はすべて枯れたオシロイバナが、土の中にまだこぼれ種があったのか再び芽を出し、そして今日わずかですが咲いていました。
昨夜の台風で水分をたくさんいただき、昼間の青空の下で太陽の光を浴び、咲いたのでしょう!しかも嬉しいことに・・・離れた場所で一輪だけ咲いた黄色のオシロイバナ、なんと少し赤が混ざったツートンカラーでした o(*^▽^*)o!

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   久しぶりに咲いたオシロイバナ。

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   黄色とわずかに赤のツートンカラーも!

こんなちょっとした出来事が今はとても嬉しい私です。

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2018年9月25日 (火)

”旅仲間たちの声”(その10)

皆様、おはこんにちばんは (◎´∀`)ノ!

例年でしたらこの時期も残暑厳しい年もありましたが、今年はいつになく秋の訪れが早いように感じます。これも厳しすぎた夏の暑さの反動でしょうか?朝晩の寒暖差も激しい日々、皆さま体調維持にお気を付けください。

さあ今日も、『旅仲間たちの声』から寄せ書きを紹介しましょう。

”五月のさわやかな風と共に〇クンとお会いして、4ヶ月ぶりの再会です。相変わらず・・・・・・早くスキーへ行きたいネ。私の心はもう北海道の地へ。白銀の世界 広くすみきった空 北海道の地へ 沖縄へも行きたいネ。来年の夏はぜひ西表へいらして下さい。海の青さが忘れられません。私の心は北海道と沖縄の地へ。うらやましい !!若いって。でも、がんばろうネ”

この女性は以前お会いした時に、5人のうち3人が偶然にも誕生日が同じだった時の一人です。知り合った後、週一ぐらいでお互い電話でいろんな話をしていた記憶があります。北海道からの帰りに横浜で待ち合わせて再会しました。

”1年9ヶ月ぶりの再会。南紀白浜、日ノ岬です。横浜、○○さんのアパートで・・・。○○君のあいかわらずのずうずうしさ、またもや出た!でも学生はいいなあ。1ヶ月の旅行だと。こっちは1週間がやっと。こんどは名古屋に行ったら・・・。東京にもしきたら泊まっていったら!泊めてあげるかも。”

”○○くんとは南紀・伊勢55年1月2日潮岬YHでのくされ縁で今日まで長々と続いています。一時、私が長崎の実家へ1年半、帰省していたら2回もこられ驚いたの+○○くんのずうずうしさにほとほと感心させられました。そして再び横浜へ戻ってきたら、すぐさま○○くんとの再会。ゥーゥーゥ 私はなんと、かわいそうな女の子なんでしょう・・・只今私の家に泊まっています。”

北海道の旅を終え夜行列車で東京まで戻り、名古屋へ帰る前に横浜の旅仲間のところへお邪魔しました。女性二人でアパート1室借りていて「さすがに泊めてもらうのは・・・」と思うのは当たり前なのですが、何しろ気さくな人で、実は北海道へ行く前も「横浜にあるYHに泊まる」と連絡したら、「北海道へ行く前なんだから、うちに泊まりなよ」と言われて泊めていただいてました。
すると、この女性二人と知り合った時に一緒にいた男性がたまたまやって来て、驚きの再会!南紀・日ノ岬で泊まった翌日があいにくの雨で、無理やり頼んで車に乗せていただいたのです。出会った当時といいこの時といい、やはりこれって「ずうずうしい」のかな?(笑)

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2018年9月16日 (日)

”旅仲間たちの声”(その9)

皆様、おはこんにちばんは ヽ(´▽`)/!

台風や地震など自然災害に遭われた地域の方々、まだ避難生活をされていらっしゃる方も多い中、こうして自宅で一人、誰にも気兼ねすることなく暮らせる日々に感謝しながら、一日も早く社会復帰したい私です。

さあ今日も、『旅仲間たちの声』から寄せ書きを紹介しましょう。

”○○さんとは奈良のYHで知り合いました。今日は知床からまわってきたの。5年ぶりの再会旅行です。今日は歩きすぎてもう眠たい。でも おとめの涙、男の涙(知床)、夕日、一生の思い出です。いい旅お続け下さい。”

これは道東・浜小清水にあるYHで出会った一組のカップル。男性は名前と住所だけでしたが、女性は寄せ書きを書いてくれました。ユースホステルで知り合って5年ぶりの再会旅行だなんて、素敵というか羨ましいというか・・・「こんな旅、私もしてみたい・・・」と思った矢先・・・、

”私は紋別からのくされ縁が東京まで続いて、一緒に帰って来た子です。ちなみに・・・(*連絡先が書かれていました)・・・。
第1部 新宿の「シェーキーズ」でピザ&ポテトをしこたま食べて完全に疲労し、近くのサ店でへたばっている。そのサ店にて…”

こちらは紋別のYHで出会い、浜頓別YHから札幌、さらに余市・函館を経由して青函連絡船に乗り、夜行列車で一緒に東京まで帰って来た女子大生です。彼女とは浜頓別YHのイベント「(自転車で)クッチャロ湖一周タイムトライアル」に一緒に参加したり、函館では夜景を見に行ったり、とても楽しい思い出を私に与えてくれました。

Img070クッチャロ湖一周タイムトライアルの途中で。時折、雨が降ったのか路面が濡れています。

帰りの夜行列車の中だったと思いますが、彼女が「奈良から京都へゼミの研修旅行で行くのだけど、京都で現地解散なの。せっかくだから京都を歩きたいから、名古屋なら近いから、もしよかったら京都まで来ない?」というようなことを言われました。
半ば冗談と受け止めていた私でしたが、本当に電話がかかってきて・・・!ちょうど何の予定もなかったものですから、ほいほいと私も京都へと出向き彼女と京都で2泊3日の再会旅行をしたのでした。その際泊まったのは、東山YHでした。

”第1部から約10日後、京都デス。なんかこうやって各地で逢う度にこのノートに書いていたら、さながら日記になりそうですね。
自然相手であれ、人工のなにがしか(ex.庭園・建築物)相手であれ、いつも感動する心を持っていたい。それが、私が旅を続ける1つの理由かもしれない。いつも旅の空の下に身を置いていたいけど…帰る家があるからこそ、旅はその都度その都度、思い出深いのかもしれない。
なんとなく Shirimetsuretsu、Anchûmosaku、Gorimuchû e.t.c めちゃくちゃの、へんにシリアスな文章になってしまった。あ~ぁ 自己嫌悪!”

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   京都、曼殊院にて。再会した女性です。

旅先で偶然出会った女性。お互い一人旅でなんとなく意気投合して、何日間も一緒に道連れで・・・。はたから見ればアベックと思われても不思議ではなかったと思います。北海道で、そして京都で、青春時代の本当に素敵な思い出を作ってくれた彼女に、今はただ「ありがとう」と思わずにはいられません。今ごろどこでどんな暮らししているのだろう・・・。

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